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鬱屈高校教師岩前とネコ太郎

「そうかあ、岩前君は世の中に不満があるんだね」
ネコ太郎は言った。
「いいや!違うね!俺は世の中を憎んでいるのさ!心底ね!ははっ!」
四畳半の貧相な家具を揃えた部屋に、岩前の声が反響する。
「その、ははっ!って言う癖、やめない?」 
諦めながら、ネコ太郎は言った。
「そんなことはどうでもいいのさ!はっ!はっ!はっ!」
僕が来てからここ一ヶ月こんな調子だ。
目の前で吠えている男の名前は岩前。年齢は49歳。男性。独身。
変わらない政治への絶望。安倍政権への不満。老後の生活の不安。孤独等々の理由で、これから地下鉄に乗って、そこで無差別に人を殺して回る計画らしい。人間とは不思議な生き物だ。
「ねえねえ、そんな不毛なことしないでさ。僕と一緒に散歩でもしようよ」
僕の声を遮るような大声で岩前は言った。
「そうさ!どうでもいい。なにもかも!学校が悪い!社会が悪い!世界が悪い!」
そこで一瞬瞳に悲哀を写し、少々の沈黙。
「あーーーー!わかってるんだよ!自分が悪いって!自分が今まで現状を変えようとしてこなかったってお前らは言うんだろう!いいや!違うね!俺は俺なりに頑張ってきたんでよ!でもダメなんだ・・・」
岩前は、頭を掻きむしりながら上を向いて膝を付いた。
うーん。だめだ。僕の言葉をまるで聞いちゃいない。
「努力努力ってな。人間に自由意志なんてないって散々科学で証明されてるのにさ!なんなんだよ努力ってさ。君たちが努力しただの、頑張っただの言っているものの正体って、結局のところ自制心のこと言ってんだろ!そんなもん不平等に人々にあるにきまってんだろーがよ!あのムカつく頭ちりちりのインテリとか、予備校業界のカリスマ教師とか、インテリ系芸能人どもがめ。自分が如何に遺伝子的に優遇されてきたことを棚卸にあげて、自分の努力の素晴らしさを謳いやがってよお。特に3月のライオンめ。飛んでもねえイデオローグだよ。新自由主義の。あームカついてきた一旦自慰でもするか。」
ズボンをはんぬぎして、ゴソゴソとティッシュペーパーを探し始めた。
誰も聞いちゃいないのに必死にまくりたてて、人間はおもしろいなあ。ねこ太郎は前足をなめながらのんびりと岩前を眺めていた。
「ねえ、岩前。取り敢えず僕のごはんは」
むくりとこちらを岩前のしわだらけの顔が向く。レミちゃんが見たら泣いちゃう顔だな。レミちゃんというのは近所の友達の白い(結構美人の)野良猫だ。
「そこ」
指を指した先には猫缶があった。
「いや、開けてちょうだいよ」
「やだ」
「そこをなんとか」
平伏をして頼み込む。人間は土下座をして頼むということを聞くらしい。テレビでそんなことをしているのを見た。
沈黙。
ため息交じりで猫缶をズボンはんぬぎの岩前は猫缶を掴み、そして開けた。
ポツリと一言。
「やっぱ無差別殺人は止める。自慰で忙しいし」
まぐろを頬張りながら僕は言った。
「それがいいよ」





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