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店員

店員のアルバイトをはじめた。

開店時間は逢魔が時。

店にやってくる客は、ぼんやりとして鞄も財布も持たず、ポケットにしわしわの千円札を一枚か二枚入れているだけ。

靴底はいつもいびつな形に磨り減っているから、まっすぐ歩けない。

店には何があるのか?たいしたものなどなにもない。

罫線のないノートブック。
すでに削られた鉛筆。
まるまった消しゴム。
あんぱんとつめたい牛乳。
風呂敷。サンダル。孫の手。虫取りの網。

どれもすぐに使えて、説明の必要ないものばかり。

客は品物をひとつふたつ買い求めると、店を出て行く。

坂道を下っていくと、広い草むらに出る。

逢魔が時の太陽が、草を赤く染めて、なぜかそれが海のように見える。草が揺れるたび、光も揺れる。

逢魔が時に魔はいない。何もない。

風も空気も動きをひそめ息を殺している。

何もないから、己に気がつく。己が己を見ていることに気がつく。逢魔が時はそういう時間なのだ。


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