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わたしの家 その四・最終回

 緑マンションのエントランスホールに人がいる。それも、ひとりや二人ではない。まるでダンスホールのようにみっちりと人がつまっている。これなら一人ぐらい紛れ込んでも、わからないだろうと思って、ガラスドアを開けた。
 人々が笑いさざめている。まるで、ローマの神殿にでもいるようだ。うずまき、丸い花のかざり、ふくらんだ柱、柱の上の変な怪獣。エントランスホールには、非道をつくして殺されかけた王様が幽閉されているのだ。
 奥の小部屋から、白い四角い頭の髪の毛のない男が出てきた。
「こんばんは。あなたは王様ですか」
「王様?まあ、ここを管理しているのだから王様と言ってもいいかなあ」
「私は今まで一度もこんなところに住んだことありません」
「どんな家に住んでいるかね」
「私の家はとても小さいです」
「画用紙に子供が書くあれだね。四角い家に三角屋根と窓とドアがついたような。家にいるのは誰かね」
「家にいるのはお父さんとお母さんと私と弟です。でも、さっき見たら知らない人が住んでいるんです」
 王様はその言葉は無視して話し出した。
「窓にひとつひとつの生活があるなんて、どうしてわかるんだろう。みんな同じかもしれないし、誰か一人が全部を所有しているかもしれないし、誰もいないかもしれないんだ」
 王様はまだ何か話したそうにしていたが、私はエントランスホールから出ると走って帰った。三角家はちゃんとそこにあって、見た途端に思い出せた。テレビをつけると刑事ドラマがやっている。
 ぐずぐずとテレビを見て、一階から動かない。いつもの音がしないので、なんとなく階段をあがる気がしない。彼はどうしているのだろう。ぐっすり眠っているのか、私に腹を立てているのか。
 そのまま、テーブルにうつぶせて眠ってしまったようだ。誰かが走っている足音が聞こえて目が覚めた。時計を見ると、とっくに終電は過ぎている時間だった。
 階段をゆっくりあがる。音はしない。出窓に行っても、なんの気配もなかった。机の下の箱が、うつぶせて入れないようになっていた。それをひっくり返す勇気が出なかった。考えてみたら、いつまでも彼が私の家にいるとは限らないのだ。家とともに現れたような気がしていたけれど、彼にも生まれた家があるのかもしれない。
 走っている足音は、近づいてくるようで遠ざかっていくようにも聞こえる。
 
 あれは、彼なのだろうか。また、戻って来るのだろうか。

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