[小説]手紙

拝啓 お母さんへ

年の瀬が近づいてきたけれど、お元気ですか。ぼくは元気です。少なくとも、今は。

ぼくはお母さんに言われたように月に一回はこうやって手紙を出しています。先ごろふと気になったので、これまでに出した手紙が何通あるか調べてみると――月に一度定期便的に出しているので、手紙が手元になくてもどうってことないのです――なんと五三通もありました。筆不精なぼくにとっては驚異的な数です。快挙と言ってもよいでしょう。

さて、他に変わったニュースもないので、今からは最近ぼくの身に起こった些細なできことについて話したいと思います。肩凝りをめぐる話です。

ご存知のとおり、ぼくはP街――これはQ市きってのオフィス街です――の一画のとある企業に勤めています。

さて、ある朝起きると、自分の肩と首とが異様に凝っていることに気づきました。寝違えたのでしょう。でも、凝っているなんて生ぬるい表現では足りないかもしれません。指で触ってみると、がちがちに硬くて、鋼鉄のようでした。

でも実害は――容易に首を動かせないのを除けば――なかったので、ぼくはチーズトーストと紅茶を摂って、出勤しました。

同僚は訝りました。なぜって、ぼくがやけに背筋を伸ばしてディスプレイに向かっていたのです。ぼくの友達のKは「どうしたんだいS、今日はやけに姿勢がいいじゃないか」とぼくに言いました。でも実際、それは特に不思議なことではありませんでした。「おはよう。いや、肩と首とが凝り固まってね、首を曲げるのが辛いんだよ」とぼくは言いました。

友達は何とか理解してくれました。デスクワークというのは、あまり体にいいとはいえない仕事ですから。「整体院に行くといいよ、おれの行きつけのところがあるんだ。すばらしい治療だよ」友達は勧めました。

でも結局、それから二週間たつまでぼくは整体院に行きませんでした。お母さんもご存知のように、ぼくはひどい無精者です。でもその十四日間ぼくはやけに背筋を伸ばしていたので、体に負担がかからなかったのか、かえって仕事がはかどりました。疲れないのです。このままでもいいかな、とぼくは思いました。

しかしながら、いつまでもそんな悠長なことは言っていられなくなりました。ある朝起きると――それは異様な肩凝りが始まったときと似ていました――ぼくの肩はものすごく痛みました。これは毎日散歩をしたりして健康的な生活を送っているお母さんにはわからないかもしれませんが、耐えがたい痛みなのです。頭と首の接合部のくぼみのようなところが非常に詰まった感じがして、まぶしい物を見るとひどく気分が悪くなるのです。

ともかくぼくは会社に連絡しました。なぜだかその日は寝過ごしてしまって、本来ならば出勤して仕事を始めるべき時刻でした。「とても体調がすぐれないため」と理由を言ったため、心配したのでしょうが、例の友達のKが電話をくれました。

「大丈夫かね」彼の声からは思いやりが伝わってきました。生来面倒見のよい質なのです。

「大丈夫でない人に、『大丈夫か』と訊くのはよくないね。わかりきっているし、大抵の人は大丈夫だ、と言う」ぼくはどこかで聞きかじった知識を披露しました。体調が悪いときは、口のたががはずれるのです。なぜだかはわからないけれど。

素直なKはいたく感心したらしく、「そうなのか! でも、それならどうやって言えばいいんだい?」と驚きました。

「ええと――そうだ『どうしたんですか』と訊くのがいいらしいね、受け売りだけれど」ぼくは照れくさくなって最後にそう付け加えました。もちろん、猛烈な気もち悪さのなかのことですから、そういった自分の感情すらも靄がかかったような状態です。それからぼくは尋ねました。「前に、行きつけの整体院があると言ったね、紹介してくれないか?」

「もちろんいいとも。しかし整体院は病院じゃないぜ」Kは怪訝そうに言いました。

「いやね、体調が優れないというのは本当なのだが、病気ではないのだ。実は前からの肩凝りが急にひどくなって――まったく吐きそうなくらいだよ」

彼は大いに同情して、その整体院の名前を教えてくれました。「本当に素晴らしい治療だよ」彼はそう言いました。

さてぼくは朦朧とした頭で整体院に向かいました。地下鉄を乗り継いだのですが、肩凝りが視覚にまで影響をおよぼしたのか、ちょうど目の焦点のところが強烈な光に包まれたようなのです。これにはぼくも少なからず辟易しました。プラットフォームから線路の向こうの路線図を見ようとすると、注視すればするほど、この奇妙な気もち悪い光に遮られるのです。

――移動のときのことを書いてもお母さんは退屈するだけでしょうから、さっさと整体院に到着することにします。

整体院に着くと、ぼくは受けつけで雑多な手続きをしました。初診なので、さまざまな用紙に記入する必要があったのです。むろん気もち悪さは顕在ですから、とても集中できたものではありません。判読できるかもわからない文字でさっさと書き終えると、ぼくは待合室のソファに倒れ込みました(とういうのももちろん実際倒れたのではなくて、気もちとしては倒れ込む感じで背もたれにもたれかかったのです)。

そのうち「Sさん、治療室にお入りください」という声がしました。ぼくは薄いピンク色の制服を着た案内係に連れられて治療室に入りました。

連れられた先にはまたもピンク色をした、俯せに寝たときに顔が出せるように穴の開いている硬いベッドがありました。整体師はぼくにそこに俯せに寝転がるように言って、ぼくにいくつかの質問をしました。「肩凝りがいつ始まったか教えていただけますか?」「ふむ、ではその気もち悪さというのは、今日の朝からなのですね? それより以前に何か兆候みたいなものは?」「光を見ると気持ち悪くなる、なるほどね。色はどうです? たとえば赤など」

いずれの質問にもぼくは正直に答えましたが、しかし、それらは既に問診票に書いたことか、治療に関係するとは思えないくだらないことでした。非常に空虚で直感的な質問です。でも最後に整体師はひとつだけ実際的な質問をしました。「肩凝りが特にひどいと思う場所を指さしていただけますか?」もちろんぼくは喜んでその場所を親指でさしました。どうでもよいことなのですが、ぼくがなぜひとさし指でなく親指を使ったのかというと、実際やればわかると思いますが、自分の背中をひとさし指でびしっとさすのは難しいからです。

整体師は仕事を始めました。初めのほうはぼくの指さした肩凝りの中枢には手を出さずに、城の外堀を埋める感じで周りからほぐしていきました。天守閣たる肩凝り中枢を徐々に追い詰めていくのです。そして天守閣に近づくほど、ぼくの感じる痛みと気もち悪さも増幅していきました。ぼくはそれらの攻撃に耐え抜いて、ただときどき唸り声を上げました。

そのとき、敵はすでに本丸付近まで迫っていました。ぼくは肩でそれを感じました。治療室の明かりで視界はきわめてまぶしくなり、そのせいでぼくは今にも吐きそうでした。

治療にあたっている整体師が「凝りの中心部をほぐしますね」と告げたのです。その瞬間、極めて不吉な直感がぼくを襲いました。殺される! ぼくは唐突にそれを感じました。今思い出してみると、これは実に突拍子がなく、またばかばかしい思いつきですが、でもそのときには、ぼくには筋肉と神経をともなった生々しいものとして死を予感しました。

ぼくは右手を上げて――それは緊急を表す合図として事前に教えられたものです――危機が迫っていることを整体師に伝えようとしましたが、間に合いませんでした。まさにその瞬間、彼はぼくの凝りの中枢を指で押さえつけたのです!

――ありとあらゆる恐怖がぼくを襲いました。死の影をまとった痛みがぼくの首を絞め、目をつぶし、背骨を折りました。ぼくは恐怖と痛みに叫びましたが、声は喉より手前で虚しく響きました。凝りは悪魔であり、整体師とKはその手先でした。すべてがぼくを追い詰め、嘲笑しました。みな両の口角を高くあげて、厚ぼったい唇でぼくを大声で嗤っているのです。……

次の朝、ぼくが出勤すると、ぼくの姿をいち早く認めたKが足速にやってきて言いました。「元気そうだね。勧めた整体院もよかっだろう?」

「実によかったよ」もちろんぼくはそう答えました。

敬具 正月には帰ります S

(2021.9)

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