知っているようで、知らなかった
昨日はとてつもなく暑かった。どの番組を見ても、史上初の猛暑日とか、熱中症対策とかを警告していた。
だから夜は窓を開けて、布団をかけずに寝たのだ。
しかし私は、長野県の夏を、ある意味舐めていたようだ。長野県は昼夜の気温差が激しい。それを実感したのは、今日の朝、凍えながら起きたからだ。
火曜日の午前4時。私は大学の近くで一人暮らししているので、いつもは午前6時に起きている。2時間も早く起きてしまった。
こんな時間でもチュンチュンと雀が鳴くのが聞こえる。いつもはカーテンの黄色のキラキラが見えるのだが、今日はのっぺりした黒色だ。本当に雀が鳴いているのか疑うほど、水中のような街である。
なんだか、すっかり目が覚めてしまったので、出歩きに行こう。たまには、自分の知らない街を見に行くのも悪くないだろう。
こんな時間に室内灯をピカピカとさせるのが少し恥ずかしいので、玄関の弱弱しい常夜灯を頼りに身支度を進めよう。
ここは外の音が全く届かない。耳に入るのは、服と肌のサラサラという摩擦音と、靴のつま先のトントンという音。
外はまだ涼しい。アパートの鉄製の廊下を、音を立てないように慎重に歩いていき、道路に出る。
虫のジリジリという鳴き声は聞こえるが、姿が見えない。見えるのは鳴いていないカエルばかりである。まだ小さい。触ってみるとプニプニした手触りで可愛い。踏まれないように路傍の草むらに放ってやろう。
いつもの道を歩くのも退屈なので、住宅街の裏路地を歩いていくことにした。通り抜けられるかわからないような細い道が、家と家の間にある。
一戸建ての家たちを横目に、ジャリジャリと地面を踏む。家の敷地を区切っている柵から紫陽花があふれ出している。
初めて歩く道は色々なものが目に付く。子ども用の自転車が大人用のマウンテンバイクに寄りかかっている。名も知らぬ小さな白い花が植木鉢から覗いている。とある家の一階の窓から時計が時間を教えてくれる。
しばらく歩いて、大学の前の通りに出た。いつもはたくさん人がいるのに、私しかいない。知らない学校に来たみたいだ。
今は学校に用はないので、また歩き出す。
十分くらい歩いたところには、大型スーパーがある。まだ午前5時だというのに、開店準備だろうか。ボヤボヤと光があふれている。商品を運んできたであろうトラックの横を、微妙に感じるお惣菜の匂いをかき分けながら進んでいく。
そのうち繁華街に着いた。ちょっと怖めのおじさん、おばさんがタバコを吸いながら歩いている。こんな時間なのに、けっこう人通りが多い。
私もタバコを吸おう。ッジッジとライターの頭を擦って火をつける。冷たい空気に煙が混ざっていく感覚が気持ちいい。
繁華街の街灯が明るいだけかと思ったが、どうやら空がジワジワと白くなっているようだ。駅ビルのアナログ時計が示すのは午前6時。駅前の広場には噴水がある。それに向き合う形のベンチに腰掛け、タバコを吸う。
しばらく何も考えないことに耽っていると、ツンツンした光が目を刺した。もう夜明けか。
山際から除く太陽は、ビルの間を縫ってくる。しかし、すでに2時間も活動しているので、朝日である実感がない。私は家に帰って寝る予定だが、世界は今から始まるらしい。
私が知っているのは昼の街であって、夜の街とは大きく異なっているのかもしれない。いや、全く違う世界なのではないか。そんなことを考えながら、3本目のタバコを吸いながら来た道を帰ろう。きっと新しい発見があるに違いない。
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