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『虎に翼』を見終えて…女子アナの挑戦と挫折

ついに終了してしまった朝ドラ『虎に翼』。
前半はほとんど見ていなかった私ですが、最後までみて「虎ロス」に陥ってしまった自分に驚いています。なぜこのドラマが優れているのか……を、コミュニケーションの点から書き記してきましたが、シリーズを終えるに当たり、私にとってのなぜを振り返ろうと思います。

 まず、女性の地位向上というテーマにおいては、共感できることが数多くありました。なぜなら、私自身が昭和の後半、男女雇用機会均等法の施行と同時に就職したからです。のちに男女雇用機会均等法の原点は、寅子にあったことを知るのですが、当初はドラマの中で、一人の女性が親に結婚しろと言われて拒む、という話はよくある設定なので、特に思い入れはありませんでした。ただ、女性の”幸せ”と”結婚”が結びつかないことは、私の頭に引っかかりを残していました。

ところで、アナウンサーとして地方局に就職した私は、性別で仕事の内容に差があるとは全く思っていませんでした。たまたま女性と男性の賃金に差がなかった会社に入れたこともありますが、アナウンサーとしての仕事を何でもやってみたかったからです。当時、男性アナウンサーは、ニュース番組のメインキャスター、あるいはスポーツ実況、単独での番組進行などを行なっていて、それらはまさに、アナウンサーとして花形でした。私もいつかはその地位に!と思っていました。しかし、女性アナはどんな場面でもメインではありませんでした。アシスタント的な立場を与えられ、必ず”男性とセット”だったのです。

もちろん、アシスタントにはそれなりの技術が必要です。
聞く技術、あいづちの打ち方や間合い、笑い方、時間の読み方など、マスメディアであるがゆえに、視聴者の立場を代役として行う必要性がありました。ですから、女子アナとしてアシスタントを極める道はあったと思います。しかし、私はあくまでも「男性と同じ」を目指していました。

昭和が終わり、平成になりましたが、「女性だから」「新人だから」の壁が立ちはだかりました。「やりたいんです!」「挑戦したいんです!」「機会をいただけませんか」という意欲だけでは、どうしても乗り越えることができませんでした。なぜなら、民放には”視聴率”という黄門様の印籠があったからです。仮に、チャレンジできたとしても、結果は視聴率に表れます。 もし、失敗したらスポンサーが下りてします。お金を出してもらえなくなるのは、収益に直結しますから、そんな冒険を会社はできない。このことが大きな要因だったと思います。「はて?」と口に出したところで嫌がられて、仕事がもらえなくなると思うと、踏み出すことは難しかったのです。女性アナウンサーが実力よりも、人気商売と言われた時代でした。

筆者の新人女子アナ時代

一方、当時女子アナには仕事の他に、社内での役割がありました。
いわゆる「お茶くみ」です。

出勤時、10時、昼食後、16時と1日4回、報道部の記者、制作部のディレクター、男子アナウンサーにお茶を入れて、机まで運ぶのです。
ペットボトルもない時代、水筒に飲み物を入れてくる人など皆無です。自動販売機で缶コーヒーを買うか、社内の喫茶店でおしゃれにコーヒーを飲むかなのですが、飲むか飲まないかに関わらず、1日4回のお茶くみは”女子アナ”の仕事でした。当時は給湯室のおしゃべり……が、うわさ話や陰口の場所になっていたことを思い出すと、テレビ局だけではなく、女性がお茶を入れる状態はどこの企業にもありました。

湯のみ茶碗やカップは、各自で持参し、社内におきっぱなしにしています。それゆえ、誰のカップなのかを覚えること、その人が座っている机を間違えないことが、新入社員の使命だったと記憶しています。もちろん、お茶を出したら下げて洗う…つまり片付けることも、当然のようについてきます。
想像できると思いますが、お掃除も女子アナの仕事でした。

新人の女子アナは早めに出勤し、デスクの雑巾がけを毎日行います。たばこはデスクで吸う人が多かったので、灰皿をまとめて洗うことも、朝の掃除に入っていました。においがきつかったな……
広い社内、30人を超える分の掃除とお茶くみは時間もかかります。その前に、アナウンサーとして、発声練習を終えておかなければならなかったので、1時間は早く出社していました。
今では信じられない処遇です。もちろん超過勤務としてカウントはしていませんでした。

さて、ドラマに話をもどします。
寅子は、結婚は形式的に必要という判断でした。弁護士の世界は所帯をもっていて、一人前?ということだったでしょうか。
昭和の時代、人気商売の女子アナは「結婚するなら辞める」ことが、半ば常識になっていました。実際に先輩たちは、結婚して辞め、それが花道でした。ベテラン女子アナは、独身か、ディレクターに転職していました。
私はアナウンサーになったのであれば、活躍したかったし、そのことと結婚は関係ないと考えていました。2年を過ぎたころには、絶対に「結婚を理由に会社を辞めない」という決心に変わっていきました。

 テレビが放送を開始したのが1953年。その後、30年以上たち、カメラ性能の向上や衛星放送の進化に伴い、テレビ業界は栄華の時代を迎えていました。私がアナウンサーになる数年前から、ラジオにおいて、ミスDJリクエストパレードという番組(文化放送)が始まり、女性をメインに据える番組が出始めました。また、「女子アナ」がタレントの様にもてはやされ、雑誌に登場したり、レコードデビューをすることも相次いでいました。
女子アナになることは一大ブームとなり、職業の中でも、華やかな世界を夢見て、女子学生の憧れになっていきました。

一家団欒の中心はテレビ

私は新しい波を作りたいと考えていました。女性は結婚して辞めるのではなく、キャリアアップで辞めることがある。だから優秀な人材をつなぎとめる努力を、会社はする必要があるのではないか?という考えを育てたかったのです。

 結局私は、就職して4年目に、「勉強したい」という理由で辞表を提出しました。もちろん、その前に報道番組のキャスターを目指し、自分なりの努力とアピールはしましたが、かなえられることはありませんでした。落胆した私は、各局のオーディションを内緒で受けて、やめる準備に入ったのです。そして、テレビ東京の中途採用試験に合格、キャリアアップでの退職を手に入れて、地方局を去ることにしたのです。

その後も結婚へのあこがれはなく、仕事をこなし、どんどんキャリアアップを果たしたい願望はありました。とは言え、大都会での競争は激しく、うまく行かないことの連続でした。ドラマの後半に出てきた、美佐江のように、井の中の蛙を自覚し、挫折しました。彼女ほど思い込むことは、なかったものの、寅子が妊娠を機に弁護士をやめたように、私もがんばることをあきらめ、結婚しようとしたのです。

結論から言うと、結婚はしましたが、がんばることをあきらめることは、やめました。そう考えたからこそ、今の私があります。
そうです。私がこのドラマにはまったのは、寅子に自分を重ねていたからだったのでしょう。挫折しても、手を差し伸べてくれたアナウンサーの先輩や、希望を叶えるために引き上げてくれたプロデューサー、相談できる友人もたくさんいました。番組が進むにつれて、感謝を忘れていた自分を思い出したりしました。

ドラマでは、「女性初」を持ち上げられたり、有名になってチヤホヤされたりする場面もありました。人は恵まれていると、その奇跡的な状態が当たり前だと自覚し、そこがベースになって上を見てしまうために、周囲にいてくれた人たちへの感謝を忘れることがあります。天狗になったことを反省して寅子は成長していく。そのような姿にも共感できました。

 「人と人との溝を埋める努力を途中であきらめない。」
最後まで引っ張ったモチーフは、衝撃的な展開になりましたが、教訓を残してくれました。ビジネスは、コミュニケーションという目に見えない人間の関りがベースになっています。そこで、あきらめることは信用を崩すことです。信用をなくした先にビジネスの成功はありません。女性のみならず、多くの人の心を捉えたのは、そうした当たり前のことを思い出すことにもあったのかもしれません。

 ドラマの最終回では、没後15年が描かれました。みなさんはどう受け止めましたでしょうか。娘の優未からはじまって、お母さんで締める。この物語は「三世代の女性の生き方」と捉え、女性の地位向上を表現していたのかと私はうなりました。そして、終わり方として日本人の心に刺さるガジェット(小道具)は、桜の花びらです。
大切なシーンにはいつも桜の花びらが舞っていました。優三との別れのシーン、そして桂場の顔についた花びら、法廷に舞う花びら、そこに立ち「さよーならまたいつか」と声なく話す寅子。翼を羽ばたかせたから、花びらが舞うという例えだろうか?などと考え印象に残りました。

目に訴える映像だけではなく、エンディングで流れてきた主題歌も、演出として素晴らしかったです。

「しぐるるやしぐるる街」「蓋し虎へ(けだしとらへ)」と主題歌のフルコーラスは、普段は聞かない歌詞です。どういう意味かしら?と説明を必要とするところが、このドラマの「らしさ」のような気がしました。
そして、主題歌のフルコーラスでエンドしました。番組がピッタリ、”主題歌で終わる”ということは、逆算して何秒前からエンディングに入るかを決めているということです。そのように映像を編集しなければ、「さよーならまたいつか!」でピッタリ終われません。最終回の1回の終わりに、しばりさえもつけるとは!

本当にすごいコンテンツであることを見せつけられました。(了)


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