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#1 波瀾万丈…西日本緊急周遊記

最初はただの出張取材のはずだった…。

一体なぜこんなことになってしまったのだろう?パンパンに膨れて閉まらないリュックのファスナーを無理やり引っ張りながら私はため息をついた。なぜって?私は今、見知らぬ土地で警察に職務質問を受けているのだ。

プロローグ

私は東京に住む大学1年生で、映像制作を趣味として活動している。特に好きなジャンルはドキュメンタリー。今回、高校時代から付き合いのあったとある著名人の方を題材に選び、新作のドキュメンタリー映画を撮ることにしていた。プライバシーなどの問題で詳細をここに記すことはできないが、その方は若い世代を中心に人気を集めている20代の男性で、現在は愛知県の実家で暮らしているのだ。

私は彼を取材対象に選んだ理由は大きく分けて4つある。一つめは、彼が表に出しているキャラクターと実際の彼に大きなギャップがあり人間として魅力的に感じたから。二つめは、精神疾患によって入院を繰り返した過去など過酷な経歴を持っているから。三つめは、これからもっと大きくなる可能性のある人だから。四つめは、彼の家族や周囲の人々も魅力的だから。その他、彼が私がドキュメンタリーを作っていることを知っていて「ぜひ取材してほしい」と言っていたこと、元々私が彼のファンで彼の生まれ育った場所に行ってみたかったことも理由の一つだ。

昨年の夏に会ったときの彼(右)と私(一部画像処理)

高3の終わり頃に一本ドキュメンタリーを公開してから約1年。新作を創り始めるにはちょうど良い時期だと思った私は、彼と連絡を取り、2022年2月21日から3月2日までの10日間、愛知県に滞在して彼に密着取材することを決めた。彼が言うには、ちょうど3月1日に福岡県に引っ越しをするらしい。ならば、ついて行って撮影しよう。私は21日の高速バス(東京-名古屋)と、2日の飛行機(福岡-成田)を予約した。

通常、地方で取材するクルーは、ホテルや車に宿泊して取材対象者の元へ通う。しかし私は貧乏大学生でホテルに宿泊するのは金銭的に辛く、運転免許も持っていなかったため、今回は元々知り合いだった彼のご厚意に甘えて、彼の家で寝泊まりをさせてもらえる手はずになっていた。

今思えば、これが今後起きることになる悪夢の始まりだったのである。

順調な滑り出し(Day0 / 2月21日&22日)

2月21日、東京駅鍛冶橋駐車場バスターミナルを10時40分に発った高速バスはいくつかのサービスエリアに停車した後、17時10分に名古屋駅前に停車した。私はトランクから出された大きなリュックを背負い、手さげ鞄とお土産の入った紙袋を両手に持つと、列車に乗って彼の住む愛知県某所へと向かった。

彼の家に着いた頃にはもう夜になっていた。彼と高齢のご両親にご挨拶してお土産を渡し、東京で受けておいたPCR検査の陰性証明を見せると、彼の案内で急な階段を上って2階へと上がった。彼は1カ月ほど前に東京から愛知県の実家に戻り、それ以降は2階の部屋で寝泊まりをしていたのだ。私もその部屋に荷物を置いて、持ってきたウレタンマットに寝袋を敷き、その日の夜は彼とたわいもない雑談をして眠りについた。

翌朝、愛知県には珍しく粉雪が降っていた。昼過ぎまで彼と屋外で撮影を行った後、彼の部屋で彼の抱える精神疾患に関するインタビューを行った。前に読んだドキュメンタリーの本で「インタビューは最初に行うべし」と書かれていたからだ。インタビューは順調に進んだかに思えた。しかし、私がしたとある質問と行動が意図せず彼の地雷を踏んでしまい、彼は家を出て行ってしまった。その後の経緯を詳細に記すことはできない。書けるのは、彼は精神的に正常ではなくなってしまっており、私と会話できる状態ではなかったこと。彼の友人がやってきて、優しく両者の話を聞いてくれたこと。そして、彼の希望で取材を中止し、私は彼の家から出ていくことが決まったということだけだ。

大きな荷物を持って彼の家を出た時刻は終電の過ぎた23日午前1時頃。
こうして私は一人、愛知県の暗闇に放り出されてしまったのである…。

#2 につづく)



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