54. Iちゃんの優しさ

 「ねぇねぇ、そめや〜
私ね、そめやが乗る電車に私も乗って学校通うことになったの。
引っ越しするんだ。
一緒に学校来ようよ。
待ち合わせしてさ。」

そう話しかけてきたIちゃん。
あまり話したことはなかったけど、ひとクラスしかない、人数もそう多くない学年。

Iちゃんは、その当時のアイドル歌手と同じ苗字で、そのアイドルの名前を取って彼女のニックネームになった。
だから、本名のイニシャルはYちゃんになる。
でも、同じ漢字の名前の子がもう一人いるから…というのもあり、彼女はIちゃんと呼ばれる様になった。

女子校のせいか、殆どが苗字の呼び捨て。
ニックネームや下の名前で呼んだりするのは少数。
これが、高校になると、ほぼ下の名前で呼ばれるようになるのが不思議。

私は、下の名前は呼びにくいのか、結婚前の友達には今も旧姓で呼ばれることがほとんど。
それも、ちょっと嬉しかったりする。
 

…で、Iちゃんの話。
彼女はスラっとして細くて私より背が高い。
ストレートで長い、綺麗な髪を二つに結えている。
明るい子だけど、凄いおしゃべりとかでも、声が大きいとかでもない。
人の話にすぐ合わせられ、自然に輪の中に入っていける。
私には到底できないこと。

3人姉妹の真ん中で、体型も顔つきも似ていないから
「あたし、よく橋の下で拾ってきたって、親に言われてんのよ!!」
とよく笑って言っていた。

明るくて、誰とでも仲良くなれる彼女は、さらっと気遣いのできる人。
私はIちゃんのこのさらっとした気遣いに、その後も、今も、たくさん助けられてきた。

Iちゃんと歩く時は、Iちゃんが右、私が左。
初めて一緒に帰る日に、
「どっちが歩きやすい?」
と聞かれた。

そんなこと考えて歩いたことなかったなぁ
どっちでもいいよ

二人で左右交互に並んでみて、しっくりくる方に決めた。
それが、彼女が右で、私が左。
今でも人の左側にいた方がしっくりする。
なぜか一緒に歩く人の右側に来ると、歩いているうちにぶつかる。
最近はだいぶ慣れてきた。

バスで座る時も同じ位置で、いつも一番後ろの端っこに座っていた。

私たちはバスの中ではいつも本を読んでいた。
よく読んでいたのは、星新一。
そしてそして…
怖いことに、その頃学校で流行っていた “コックリさん” “ラブさま” をバスの中でやっていた。
あれは、遊びでやってはいけない。

電車に乗り換え、2駅めで彼女は降りる。
私が降りる駅は、さらに11個先の駅。

朝は、私は急行に乗るので、彼女の駅には止まらない。
そのため、ホームで待ち合わせをする。
私が乗る車両の側で、彼女は待っていてくれる。

私はよく電車の中で痴漢に遭っていた。
急行なので電車は止まらない。
今の図太い性格ではなかったので、何も言えずに耐えるしかない。
電車が駅に着き、Iちゃんの姿が見えると、安心して泣き出す私に
「大丈夫だよ。」
とそっと抱きしめてくれた。

彼女の家にもよく泊まりがけで遊びに行った。
彼女の住むアパートは2階、5人で住むにはちょっと狭く感じるけど、ひとりっ子の私には、明るくて賑やかなこの家族が羨ましくもあり、新鮮だった。

お父さん、お姉さん、妹さん、Iちゃん、お夕飯を作ってくれるお母さんの横で、お部屋いっぱい使って遊んだ。
お風呂に入ってみんなで夕ご飯。
そして、冬場はホットカーペットの上にお布団を並べて敷いて、みんなで寝る。

私の母が亡くなった後も、Iちゃんだけは何も言わずにいてくれた。
気を遣っている様子もなく、何も聞いてこないし、いつもと変わらない。
その優しさが嬉しかったし、心が救われた。

土曜日は半日で学校から帰ると、そのままIちゃんの家に行くことも度々あった。
彼女のご両親はお仕事をしているので、家には誰もいない。
部屋に入ると淡いピンクの絨毯が畳の部屋に敷いてあって、薄いグリーンのカーテンから少し光が漏れている。

ここにIちゃんはひとりでいて、みんなの帰りを待ってるのかな

ちょっと寂しく感じた。

「お腹空いたね。
ラーメンあるよ。」

と、Iちゃんが言って二人でラーメンを作って食べた。
いつもIちゃんちにあるのは、お醤油味の即席ラーメン。
私がひとりで作るのより美味しい。

姉妹の中でIちゃんだけが私立。
その理由は聞いたことがない。
でも、そのおかげで、私はたくさん彼女に救われた。

…続く……🍜

 

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