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好きでも飽きるのか

好きなことでもやり続けていると飽きるのか。
自分が最近好きな音楽は、藤井風さんの花、まつり、優しさ、きらりという曲。米津玄師の感電という曲だ。
それを何度も聞いており、最高。この曲に飽きる日なんて来ないと思っていた。しかし、ずっと聞いているとメロディーも歌詞もわかってきて、楽しいし、テンションも上がるんだけど、どこか新しさを求めている自分がいる。
別に足りていないわけではないし、満足することもできるんだけど、あわよくばもっとという感情もないわけではない。(満足できてないやん笑)

そこで、youtubeなどで音楽を検索して見たりすると、紅白の錚々たるメンツがyoasobiのアイドルという曲を一緒に踊りながら共演している姿を見る。実際に聞いてみるとアップテンポで盛り上がれそうだ。幾田りらちゃんの歌唱力の高さは間違いないが、静かで泣けるような曲からアイドルのような少しミステリヤスでアップテンポの歌も歌えるような感じだとすごく新鮮で、新しくつい聞き入ってしまう。
2023年10月6日に公開された「アナログ」の主題歌ともなったwithもかなりいい歌だったが、このスローテンポで暖かく穏やかで心が癒され優しい気持ちになるような歌声を持つ人と同じ人が「アイドル」のようなアップテンポで高ぶる曲を歌っていることは本当に同一人物かと思う。
清純そうな幾田さんという一人の人間がスローで暖かく穏やかな曲、アップテンポで盛り上がり興奮を生じさせる曲の双方を作り出しているのは不思議だ。
話はだいぶそれたが、僕は藤井風さんの曲が好きだし、米津さんの曲も好きだ。しかし、自分の感情によってはyoasobiの曲で楽しめることもあるし、その曲を聴きながら違う刺激が欲しくなっている自分もいる。
音楽一つとっても、悲しみや静けさ、感動や愛、刺激や興奮、盛り上がりたさや騒がしさなど全くタイプの異なる曲を提供しているアーティストがおり、結構好き嫌いが分かれる。一つの曲が最高だと思っても次の曲も聞きたくなる。すなわち、どれだけ好きでもその曲に飽きてしまうことがあるのかもしれない。(もちろん好きだけど、興奮の最高がずっと続くわけではない)
そういう意味では、音楽だけではなく、ドラマや映画、それにスポーツや勉強、食事だって飽きはくる。
かくいう私もいちばんすきなはなというドラマは好きで見返すほどだが、物語は終わってしまっているし、ストーリーは完結してしまっているのでこれから新しい何かが動き出すわけではない。だからこそ少し慣れと飽きが生じてしまっているように思える。
それにどう対抗するのかは正直わからない。感謝の気持ちを持ってみる。そうすると少しは新鮮な気持ちで見れることもあるかもしれない。
しかし、それでも人は続きを見たくなるし、新しいことを求めてしまう。だからこそ、小説家はその物語の続きを考えて執筆するのだろう。実際に書いてほしい。
書く作業は大変だが、作品が完成することによって作品のファンにとっては喜びという気持ちが生じ、さらに作品の虜になる。創造するということは、大変な作業だから簡単に書いてよとか続きを撮ってとは言えない気持ちもありが、好きや愛という気持ちがあれば作者は続きを自分で描き続けるのだろう。そういう意味で言うと世の中にまだ出ていない作品とか見出していない観点を一定のクオリティーで仕上げて作品として楽しく面白くかつ問題提起も含まれている作品を生み出すというのはすごいことであると実感する。
音楽を作るアーティストも、ドラマを作っている人も、何かを創作する人は辛さと同時に上手く描けた時の喜びがそこにはあるのだろう。
2023年に「君たちはどう生きるか」という映画が公開されたが、宮崎駿監督の過去の作品が描かれていて創作してきたこれまでの作品がうまく繋げているようでその人の現実で起きたことと、生み出してきた作品の繋がりを上手く作品として仕上げたことはすごい苦労があったんだと想像する。

好きでも飽きるのか。
その問いの答えとして上記の記述で回答できただろうか。
答えとしては飽きるだろうが、それを乗り越えることはできる。
続けて作品を生み出し続けている人がそこにいる限り超えられるものだと思うが、それを受け取る人がどう向き合っていくのか。それは明確な答えがあるわけではないかもしれない。
飽きと向き合うということは意外と大事で、飽きがあるからこそ新たなものを作り出そうという原動力になっているのかもしれない。

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