ポケットモンスターハンター【プロローグ】

セキチクシティよりはるか南。
とある境界を超え、野生の色が濃くなる。熱帯地域の陽気な温風に屍肉と錆びた血の臭いが乗っかってくる。

ハナダの洞窟、シロガネ山、それからホウエンの空の柱。
遠く離れた地ではジャイアントホールと呼ばれる激戦区が存在するのも踏まえて、隔絶された環境と豊かな資源がある地には人類が及ばない生態系が確立されることが、ままある。

この『名もなき楽園』も該当するかもしれない。
野生ポケモンが一定の距離を保ち、木陰、沼の下、上空から視線を向けて来た。
研ぎ澄ました感覚は、わずかな気配もキャッチする。
あるポケモンは喉笛を裂く一刹那を、あるポケモンは念力の調律をしつつ臨戦体制を、またあるポケモンは携えたモンスターボール、そこから漏れ出た緊張感を察知し、ロックオンで身構えた。

今日まで生存競争を繰り返し鎬を削りあう猛者が滞留しているその地点は、同じく死線を超えてきたタカアキにとって、心底、居心地が悪い。
防衛本能が働くと生理現象が活発となり内臓が圧迫され、腹を下しそうになる。
だが、タカアキは生理現象をねじ伏せる術を持つ。
しばらく歩き続け、息を整えると落ち着いた。

同時だった。
水を打つように気配が消えた。

ウソッキーだ。
ウソッキーがいる。

見上げるほどに大きく、複雑に枝分かれした腕と、独特の輪紋が体表に浮かぶ。
複数枚の偽装された葉(本来は手)の隙間から直射日光がこぼれ落ち、影に穴を空けている。

変種だ。
進化をしたのか、変異個体か。
原種とかけ離れたその出立は別の種類、端的に言えば新種と呼称するのが妥当だろう。
だが、擬態をするその習性と面影からタカアキはウソッキーの変種と仮定した。

死骸が3体、転がっている。
いずれも頭蓋に縦一列の亀裂が入っている。
考えるまでもなく、それらはウソッキーの射程範囲だ。
変種は、仕掛けに気づいたタカアキにつまらなさそうな視線を送った。死体は生物の注意を引く、それを本能ではなく意図的に簡素かつ効果的なトラップとして活用する。
高い知性があるのは明白だった。

生息地によって、タイプが変わるポケモンがいる。
雪原を駆けるロコンや市街地の廃棄を漁るニャースなどは代表例だが、目の前にいるウソッキーも草タイプのような質感を得ている。
考察を飛躍させたのは、この地に根ざしているからだ。
岩タイプのウソッキーは降雨の際、移動できるように、足がある。
この個体は、まるで巨人が手をつくように太い根を駆け巡らせ、肥沃なこの地から養分を吸い上げていた。それらの根にはいずれも苔が蒸していた。
悠久をこの地と共にしたのだ。
薄緑の落ち窪んだ瞳孔はゆっくり閉じ、紋様の一つに紛れた。
緊張していた数十の腕は弛緩し南風に任せ、サワサワと揺れた。
変種は木になり次なる獲物に備えた。

タカアキ(この話の主人公)は賞金稼ぎで、さまざまな地に足を運んだ。
ここは明らかに異質だ。
酸素濃度が濃く、多様な緑が視界を埋め尽くす。
腰掛けると、倒木だと思っていたものは、2メートル弱のトランセルだった。
化膿が始まり、虫の息だ。
ヒビ割れた殻から複眼が覗いていた。哀れにも羽化に失敗したのか。しかし、これだけの体躯ならやむなしに思える。
瞬間、影が走った。
上空に4メートルほどのバタフリーが羽ばたいていった。
トランセルの複眼は恨めしそうに、それを睨んでいた。

仕事の度思う。人は弱すぎる。

手配書を頼りに、たどり着いたその場所は、うっそうと木々が生い茂る熱帯雨林。
空気の密度は濃く、葉が何重にも重なり合い、夜を作っていた。
普段目にする木々の3倍はあろうかという、大木が立ち並ぶその大地は所狭しと根っこがひしめき合っている。大木を支える役割、それから養分を余すことなく吸収するため、広く網状に伸びており、そこに湿り気のある苔がびっしりと覆っており、転倒を警戒する必要がある。

そして、天候もやはりというか、雨量が凄まじい。
この地にきて、2日。
すでに4度のスコールに見舞われている。
雨が地面と、広葉を叩く音はすでに聞きなれたBGMだった。
雲の動きは早く。
影を落としたかと思えば、大粒の雨を落とし、何事もないように地平線の彼方に消えてゆく。
そのあとに燦々と太陽光線が照り返し、これが、筆舌しがたい不快感を人肌に与える。熱気が地面から立ち込め蜃気楼が揺れる。その湿度にねばついた汗が背中、脇、局部と膜をはる。
タカアキは一度、木陰に身を潜めて、替えの服に手を伸ばした。
「ブオ。ブオォ!」
唸り。
サイホーンとドンファンが睨み合っている。
特筆点。
ドンファンが変種である。
「先祖帰り」
という、カテゴライズされるものだ。
隔絶した環境は時を止める。
そのため、こうしたケースも見られるのだ。
通常の倍はある体躯で体長の半分を占める牙は大きく湾曲している。

一方でサイホーンは多少気性が荒いだけの原種。
勝負は見えていた。勇猛果敢に突撃したサイホーンをドンファンはがっぷり四つで受け止めると、長い牙を潜り込ませリフトアップした。
そのまま立ち上がったドンファンはバックドロップのように、沼に叩きつける。
ドチャア!!ビチャビチャビチャ…。
その巨体が水面に叩きつけられたとき、泥が雨のように降り注いだ。
「グオオン!」
リザードンと酷似した叫び声を上がる。
考えるまでもなく、白旗の宣言だ。
ドンファンは毛に覆われた長鼻を持ち上げた。
それは、勝利を勝ち誇る所作に見えたが、違う。
鼻先をひくつかせて、四方を嗅ぎ回っていたからだ。
まずい。
感取られた。
タカアキは足早にその場を後にする。

さて。
誰も寄りつかない楽園に足を踏み入れたのは、とあるポケモンを追っていたからだ。
『六輪』
未曽有の損害を生み出す、ラフレシアの突然変異個体。
この最奥のエリアにいるとみて間違いない。


「六輪」
生存競争の中、独自の進化を遂げた個体だと言われる。
隔絶された環境下で何代にもわたり、進化を続けていった結果、類まれなる能力がこの代で開花したのだ。

その脅威は毒の粉である。
通常と一線を画すそれは、10倍の噴出量に、触れた獲物を溶解させる消化液が含有されている。
毒と溶解のダブルパンチは思っている以上に、強烈で、まず、粉が付着すると皮膚がただれ表面層が液状になる、その次に猛毒が患部と溶け合い、体内にジワリと浸透してゆくのだ。
やがて、毒が血管に達すると、全身から内出血が起こり、さらに、血流にのる毒が急速に体内を死を届け、恐るべきスピードで命を侵食する。

便宜上「毒の粉」とされているが、厳密に言えば毒の粉ではない。
タカアキの結論だった。
むしろ、溶解液に近い。
体内の毒素を細かい粒子にして、風に乗せる。
そして高密度で広範囲に拡散し、短時間で相当数の死体を積み上げることができるのだ。
自身の血が入っている、ナゾノクサやクサイハナはおそらくその毒に耐性がある。一方でそのほかのポケモンには上記の通り、ブレンドされた猛毒の餌食となる。
あとは、死が散乱している湿地帯で子のナゾノクサ、クサイハナと獲物にありつく算段である。

六輪はコロニーを形成し、生息エリアを拡大していた。
人の生活圏を侵害してきたため、賞金首になった。
しかし、討伐はされていない。
六輪そのものも脅威だが、六輪は繁殖にも成功している。
仮に今は未熟な毒でも近い未来コロニーが成熟し、第二、第三の六輪が生まれれば、どうなるかは想像に易かった。
ことポケモンにおいて、血統は色濃く反映する。
熟練のトレーナーならば、周知の事実である。

午後3時。
やけに静かな昼下がり。珍しく天気が安定し、風上からはカラッとした南風。変えたばかりのシャツの中を泳いで気持ち良い。

タカアキは思わずまどろむ。
そんな時だった。
キラリ。
星屑の絨毯と表せば良いのか。
見たこともない、『現象』が押し寄せてきた。
あれは、、、、

直感でわかった。
死の粉だ。
「やっとか!」
歓喜と恐怖がタカアキの内面を支配した。
タカアキは脊髄反射で地面にボールを叩きつける。
間一髪繰り出したムクホーク。
全国屈指の鳥ポケモンは雄々しい銀翼で目に映らぬ防波堤を張った。
シンオウに伝わる、「きりばらい」である。
事前情報で、六輪の粉の性質を知っていたため、間一髪一命を取り留めた。
死の粉に、鮮やかな虹色が付いていたのも、僥倖だった。(霧であるため、太陽光が乱反射した)

やっと落ち着けた最中、自分は今、捕食対象にあることに気づいた。

あちらこちらでくたばっている、強大な虫ポケモンやサイドンをクサイハナが5~6匹で力を合わせて運んでいた。コロニーに貯蔵するのだろう。

死の焦燥が全身を駆け巡る。
タカアキは、そのラフレシアの捕食を知っている。
最悪の場合、痺れ粉で体の自由を奪われ生きたまま、四肢から内臓、そして顔面を溶かされることになる。

それでも、死の恐怖を内燃機関へ。
経験から成せる技だった。燃やした負のエネルギーを思考を研ぎ澄ます力に変換した。
情報を精査し、つなぎ合わせ、

「ストライク、居合切り!」

結論を導き出す。

一閃は瞬く間に半径15メートルの視界を広げた。
そして、また同じ範囲の草を刈り取ってゆく。地味ではあるが、難攻不落の壁に当たった時は、一発逆転を狙うより確実にできることをこなした方が良い。
上空では、ムクホークが、
「きりばらい」
を続け、おりを見てもう一体のムクホークを繰り出す。
同じく「きりばらい」を繰り出す。
そうやって、いあいぎりを続けながら、前進していく。決死のローラー作戦だった。

しばらくすると、死の粉が止んだ。
体力が尽きたのだろうか。
いや、それはない。

あらかじめ収集した情報では、六輪は並外れた知性を獲得しているらしい。
まず、姿を見せずに遠方から死の粉を噴霧して、その中で生き残る個体があれば、戦法を変え、今度は獲物の居場所を特定しにくるらしい。
そして、感じるのはあちらこちらからの視線。
それらは、巧妙に草木に擬態していたが、独特の異臭で気づいた。
クサイハナである。

アッと思った。

あまりにも唐突だった。

「ピー…ピィィ…」

初めて『それ』が姿を現す。
体より大きな花びらに、青みのかかる黒い体表。
出立ちは確かにラフレシアと、呼べるかも知れなかった。
しかし通常、5枚のはずの花びらが6枚になっている。そして赤いはずの目も澄んだ青だった。
よく動く目からは通常のラフレシアをはるかに凌駕する知性が見え、花びらの中心、くゆっている霧からは死の雰囲気を視認できる。
なるほど、別格だ。

しかし、それでも、足に裂傷が口を開けていた。
それだけではない。自慢の6枚の花びらもところどころに欠損が見られる。
ここは、生命の楽園。
一大コロニーを気づいたものとて、楽には生存できないのだ。

紫の血がトクトクと流れ落ちる。
おそらく、先ほどまで戦闘を繰り広げていたのだろう。
すると死闘を潜り抜けたのち、自分たちは「ついで」で、狩りに来たと言うわけだ。

次の瞬間、球状の光が宙を漂った。

ギガドレインだ。
問題はない。洗練度は粉に到底及ばない。
それにストライクは虫タイプのほかに、飛行タイプも持っている。この反撃は蚊に刺されるようなものだった。
その証拠に六輪の開いた裂傷はこれっぽっちも塞がっていない。
ケロリとした陽気に笑うストライクを前にした六輪は相性以前に『レベル差』を悟ったようだ。
こちらのストライクは厳選に厳選を重ねた特注品。さらに限界まで育て上げた世界最強のストライクである。
そこからは速く、躊躇なく草むら群に飛び込もうとする六輪。
もちろん、逃がすわけにはいかない。間髪入れず叫ぶは
「電光石火!」
意図を汲みとったストライクは六輪の前方に回り込み、退路を塞いだ。
そこで燕返しが一閃する。
鮮血が舞った。草むらの上に転がり込む六輪。
さらに顔が地面につくまでに、12発の峰打ちを叩き込んだ。
勝負あった。
正面戦闘が始まると、あまりに呆気ない幕切れ。しかしタカアキは気を抜かずに六輪のそばに寄って行った。
・・・
眼下に虫の息の六輪。
そばを見渡すと、数十の目線を感じる。独特の異臭が漂うので、おそらくは取り巻きのクサイハナだろう。しかし、ムクホークの威嚇と遥か高みに位置するストライクがにらみを利かせているため、寄せ付けない。
タカアキ迷うことなく捕獲用のモンスターボールを投擲した。それは揺れることなく、カチッと音を立てる。
セキチクシティ近郊。
6枚の花びらを持つ狡猾なラフレシア。
通称「六輪」
その捕獲に成功した。

そこからは、掃討作戦が始まった。
と言っても、消化試合に近い。

2頭のムクホークはタカアキの上空20メートルを旋回し続けた。
「いかく」で牽制しつつ、向かってくるクサイハナには急降下し、通り過ぎ様に燕返しをお見舞いする。
ストライクのそれとは違い、やや力任せな感じは否めないが、威力は間違いない。

姿を見せない個体は、限界まで鍛え上げたストライクが片付ける。
すでに指示は出している。いあいぎりで長い草を刈りながら突き進む。ローラー作戦の続行である。
そして、30分。
大小無数のクサイハナが必死の形相で通せんぼをしていた。
ついにコロニー突き止めた。
タカアキは

さて。
「六輪」。
厄介な相手であることは間違いなかったが、それでも、討伐に至るまでの経緯、綿密な下調べ、ターゲットに出会うまでに流した汗、そしてその相手に実力で打ち勝ったことを実感し、タカアキはエリートトレーナー時代に得られなかった快感に身をゆだねた。

さらに、賞金首を捕獲した後のお楽しみはこれからだった。

輝かしい世界の裏で生きる

療養には2日を要した。
幸いにも、肺に粉を吸い込むことはなかった。
痺れ粉が薄皮一枚爛れさせるぐらいで済んでおり、
手持ちも、モンスターボールで待機させていたので、それ以上の進行は抑えることができた。
快方に向かうや否や、捕獲済みと記入されたモンスターボールを団体に持っていく。
指定されていた、セキチクシティ、サファリゾーン前。
堆肥の据えた匂いが鼻をつくその場所に黒縁の眼鏡とスーツを着こなす落ち着いた男。40手前ぐらいだろうか。たぶん年上なので、いつも以上に恭しくモンスターボールを手渡した。
男は眼鏡を上げボールを覗く。
中には、すっかり傷の癒えた六輪が外の様子を伺う。
男は手に持っていた、資料とモンスターボールを交互に見、
「通常とは違う6枚の花びらに青色の瞳孔・・・・花粉を多分に排出できるオスの個体・・・」
呟いた後。
「はい。確認致しました。タカアキさま。
Bランク懸賞首、「六輪」の捕獲と引き渡し。報酬の方は後日、指定の口座に振り込ませていただきます。」

3日後、タカアキはそこに振り込まれた金額を見る。
1500万円。

思わずその値段に口角が上がる。

☆終わり





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