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小鳥はなぜ人に懐く?

巨人は怖いもの

「ゴジラ-1.0」がアカデミー賞 視覚効果賞を受賞した。ゴジラと言えば街を次々に破壊していく衝撃シーンが印象的だが、ゴジラの体長が何メートルか知っていますか?

正解は50m(ゴジラ-1.0の場合)。成人身長を160cmとするとその約30倍の高さだ。自分の身長の30倍!まるで高層ビルのよう。こんな生き物が自分の目の前に現れたら・・・想像すると、恐怖しかない。

この感覚は「ジャックと豆の木」を初めて読んだとき、そこに登場する「巨人」を想像して抱いた恐怖心と同じだ。巨人の手で首根っこをつかまれ、一瞬で握りつぶされてしまう状況。そんな状況を想像するだけで、子どもだった私は怯えた。

子どもに限ったことではないだろう。自分より断然良い体格のゴツイ大人が電車の中などで目の前に現れたら・・・怯んでしまう人は少なくないだろう。巨人たるもの、その存在自体が恐怖。私たちは、その感覚を子どものときから植え付けられて育っているように思う。

人に懐く小鳥の不思議

ところで、我が家には手乗りの白文鳥がいる。とても人なつこい。自分の感情や要求を、鳴き声の強さ、声色、顔の表情などを変化させることで人間に伝えてくる。今何をしたい、どこに行きたい、何を食べたいということも、しっかり伝えることができるコミュニケーションバードだ。この小さな体の小さな脳みそに、どうやってその賢さが仕組まれているのかと思うと不思議だ。

何より不思議なのは、身長わずか20㎝足らず、体重20gちょっとの小さな体にも関わらず、彼らにとってビルのような巨大な人間に対して、怯えることなく接してくることだ。

どうしてなのだろう?生まれてはじめて餌をくれた人を親だと思うからとか言うが、この説明は納得がいかない。仮に、私たちに生まれてはじめてご飯をくれる相手が身長50メートルのゴジラのような怪物だったとしたら・・・。果たして怖がらずに、この巨人に懐くようになるのだろうか。

鳥は恐竜と共生していたらしい

文鳥やインコのような飼い鳥が、自分の体長の10倍もある人間に対して、何の恐怖も抱かずに懐く理由・・・。モヤモヤと考えていたところ、こんな記事に出会った。

恐竜時代の末期にあたる約6800万年前の後期白亜紀に、鳥が生きていたことを示す化石が見つかったという記事。2016年に投稿された論文(*)に基づいた内容だ。

鳥類には、恐竜類や哺乳類にはない特有の発声器官、鳴管(めいかん)があるのだが、このとき発見された化石がまさに鳴管の化石だったそう。

しかもこの化石は「ベガビス・イアアイ(Vegavis iaai)」として知られる鳥類種に属するもので「現存するカモ類にみられる非対称形」を示しており、この鳴管の構造から、ベガビス・イアアイが警笛や笛の音に似た鳴き声を上げていたことが示唆されていた。

https://www.nature.com/articles/nature19852

(*)Fossil evidence of the avian vocal organ from the Mesozoic 米テキサス大学オースティン校 ジュリア・クラーク准教授(古生物学)ら

人間の無力を思う

この記事から、鳥類は6800万年も前から自分の体の数十倍もの大きさの恐竜と共存し、生き残ってきた歴史があったようだと分かった。

このことから、こんなことは言えないだろうか?

鳥類は、自分より圧倒的に大きな体を持つ生き物と共生することに慣れている。だから、鳥類の一種であるインコや文鳥は、人間を見ても恐怖心を抱きにくい。

ゴジラの前で無力な人間、自分より背が高く体格のいい人の前では、つい怯んでしまう人間は、小鳥よりも弱い存在なのかもしれない。





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