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物件

息子の大学が決まったのは3月で、未だに信じられないが隣県の国立に合格した。東京の私立には受かっていたが、お金がかかるな・・・と内心びくびくしていたのでまさかの合格に本人も親も一瞬ポカーンとなり、その後の手続きは怒涛の勢いでやらねばならず、4月から独り暮らしするアパートも合格して気が抜けた息子ではなく、私がバタバタと決めた。
隣県といっても私も普段は仕事もあり多忙で、何度も行ったり来たりはできない。その点息子は口うるさい要求もなく、時間が押していた割にはスムーズだった。

娘の時は違っていた。東京の女子大に推薦で11月には決まったので、それから娘は毎晩物件検索をして、花のお江戸での大学生活を様々妄想していたのである。

しかし、時間はあるのだからと
「吟味」
ばかりしてて、さっぱり決まらない。
息子と違い、娘は
「自分で決めます」
と張り切り、親の懐具合もナンボか気にしながらも、なかなかこれ、というのがないまま時間が過ぎていった。

親としてはこういうご時世でもあるし、学生会館や寮が安心で、荷物も少なくて済むから出来ればそっちを選んでほしいと思っていた。

定員のあることで、もたもたしていれば埋まってしまう。

娘は毎日22時を過ぎると物件検索をしている。
私は毎晩眠いのだ。だけど
「ねぇ、ちょっと、コレどうよ」
声がする。
毎日見ても、次々いい物件が出るはずもなし。
私に横で見ていろと言い、チェックした物件をあれこれ吟味して意見を聞いてくるのだが、細かいところを気にして不足ばかり言いつのっている。

意見を求めるのは結構だが、ああ言えばこう言うし、黙っていれば
「ちょっと!まじめに考えてよ」
なんて言うし、
「じゃ、コレは・・・」
と言うと
「え゛ーーーーー・・・」

・・・どうしろと言うのよ。
だいたい東京の物件が高いのは当然じゃないか。
「何にこだわりたいのよ」
そう聞く私を遮り
「これ・・・オーーー・・・なかなかいい・・・と思えば高いんだよ」
「当たり前でしょ、大体ね、部屋が広ければいいってもんじゃないのよ、広いと思って物が増えたり、掃除だって大変なのよ」

それを無視して
「素敵だ!!パウダールームだって♪」
「パウダールームってアンタ・・・・」
「あー、でもお風呂がいまいち狭いかな・・・」

ったく・・・夢を見るのは結構ですが
「私なんてね・・・」
と、娘と同じ年頃だった頃の私の健気な話をしようとすると、無視される。
なるべく本人の意に沿うつもりだが、決断力のない娘、いつも私が言う
「悩んでも悩まなくても結果は大して変わらない」
には耳を貸さない。
「あんたね・・・」
「ちょっと黙ってて」

無視して私は話を続ける
「いいから聞きなさい」
「はいはい、知ってますよ、じいちゃんは、進学するのに手元から放したくないから、コタツしか持たせてくれなかったんでしょう」
「いいから聞きなさい」
そして続ける。
「私の場合あそこがいや、ここがいい、なんて言おうものならそもそも家から出してもらえなかったのよ」
「どうやって見つけたのよ」
「聞きなさい、不動産屋を通したのでは費用が色々かかるから、父親が知り合いの議員に頼んで決めたのよ」
「・・・」
「そこは下宿でご飯は出たから、持ち物はまあ、コタツと布団だけでもよかったのよ、でも、とんでもないことがあって」
「なによ」
「大家さんが親がやっていた宗教とオナジ宗教でさ」
「ひえぇぇ」
「朝も夜も下からお経が聞こえてくる」
「ヤダーー」
「更にはアンタ、たまに電話がきて、大家さんが取り次いでくれるのはいいんだけど、下に行ったが最後、その日その宗教の会合なんかあれば引きずりこまれ・・・」
「げーーーっ」
「何とか逃げても、下から声がかかるのよ
『一緒に拝みませんか』って・・・」
「怖いよ---- 」
「そんな中でもわたしは我を失わず過ごしたのよ。お金を切り詰めてそれからアパート借りたのよ、親の息がかかっているうちは勝手は許されなかったからね。アンタなんかああでもないこうでもないと、憧れも大事だけど現実は甘くないのよ」

それでも思い出す。

下宿人は6人だった。男3人女3人。大卒の銀行員の男のひとが一番年上、後は会社員の男の人、大学生、女の子は私と、同い年の大手建設会社OLと、地方から県庁所在地の高校に来た子。

下からお経は聞こえても、上の住人はその宗教とは全く関係ない。年も近いし自然にみんな仲良くなって、それぞれの部屋を持ち回りでトランプしたり健全に楽しかった。

礼節をわきまえていた、最後の世代だったかもしれない。

他人がすぐ近くにいるとうざいと思うかもしれないが、いい人間関係はどこでも可能なのである。

私の訓戒を聞いていた娘だったが
「大変だったねぇ」
で済まし、そして言う。

「あーーー、わけわかんない!!!なんでこれだけ物件あるのに、これぞ!!というのがないのかねぇ・・・」

・・・・
・・・・

誰だって
「素敵」
なところに住みたい。でも、家主は少しでも安く建てて、高く賃料取りたいし、借りるほうは少しでも安くて広くて素敵なところと考えるし・・・

無理だってば!!!!

それよりまず

アンタの部屋をきれいに片付けてみなさい!!!


つづく

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