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『ドラゴンを封印せし者、現世に転生して魔王となる』 ☆第一話☆


     序章

 今から1万3千年程前に、マンモスを代表とする大型哺乳類たちの大量絶滅があった。米国の科学者ポール・マーティンは、人類による虐殺がその原因であると提唱している。
 事実、大型哺乳類の絶滅は、人類がその地に移動してきた直後に始まっていた。
 やはり犯人は人類なのか。
 ――否。
 人類もまた、同時代に滅亡の危機を迎えていたのだ。
「その者」によって。




     第一話 「滅亡から始まる物語」


 シオン歴7,442年(紀元前11,304年)
 ティアマト海(現代の太平洋)の中央付近に、シオン大陸があった。
 その面積は、大陸というには小さく、島と呼ぶには大きすぎた。シオンの言葉で「島」と「大陸」は、同じ単語が使用されているために、名称はさほど意味をなさなかったのだろう。
 その文明を支えるのは「科学」と、そして「魔力」である。
 そう、シオンの民は「魔法」が使えたのだ。



 シオン国、首都ムワール。
 ルントゥ城から見える街は、破壊の限りを尽くされていた。
 燃え盛る炎、崩れ落ちる建造物、怒号と悲鳴。


「その者」は煙に姿を隠しながら、上空から機を伺う。
 そして一気に急降下。
 

 戦士達は、煙の向こうに「その者」の気配を探す。
 バサッ、バサッ……、翼が風を切る音が聞こえた、その瞬間――。
 巨大なドラゴンが現れ、その牙が戦士の眼前に迫る。
 牙だけでも、人の背を優に超える長さがあった。推定される全長は45メートルで体高は12メートルと、現存する生き物の中では最大級の大きさである。
 ドラゴンの牙は強靭で、最強の高度を誇るオリハルコン製の鎧ごと、戦士達の身体を切り裂いた。
 直後、攻撃魔法の使い手達が、光の矢をドラゴンの身体に叩きつける。
 が、ドラゴンの身体には、傷ひとつつかない。
 ドラゴンは大地に降り立つと、立ちふさがる戦士達をものともせずに、街の中心へと向かう。


 ルントゥ城、王の間。
 クラフーン・ティ・トラウス王が家族と最後の別れのひと時を過ごしていた。
 クラフーンは、第一王子であるイザナキに、宝剣「ツムガリ」を手渡す。これの意味するところは、王位継承。
 そう、ここで行われているのは「王位継承の儀」であった。
 立会人は第二王子ウキト、イザナキの妻であるイナミと娘のアーマ、そしてオール将軍のわずか四名。
 有事の最中だとはいえ、あまりにも簡易すぎる。
「任せたぞ」
 何の飾り気もないクラフーンの言葉から、イザナキは万感の思いを感じとっていた。


 はるか上空に、賢者アーカルの姿があった。
 アーカルの周りには、実に40万人もの魔法使い達が、円を描くように浮遊している。その誰もが印を結び、長い詠唱に入っていた。
 アーカルの眼下には城があり、それを囲むように街がある。
 そして、さらに視野を広げると大陸が見渡せた。 
 シオン大陸。
 美しい大陸だった。
 温暖な気候に恵まれ、果実はたわわに実り、海の幸は豊富に獲れた。人々は笑いあい、語り合い……。この幸せが永遠に続くと信じて疑わなかった。
 だが――。
 激しい爆発音に、アーカルの思考は現実へと戻された。
 ドラゴンが街の中心に迫ってきている。そこに人口が集中しているからだ。
 ドラゴンは効率よく獲物が狩れる場を狙う。だからこそ街の中心に、すべての民や家畜を集めた。
 ドラゴンをここへおびき寄せるために。
 アーカルは、1200万人ものシオンの民を囮に使ったのだ。
 無論、ドラゴンが近づいたら、転移魔法で安全な場所に避難させるつもりではある。
 だが、全員が無事に避難するのは無理だろう。半数近くが犠牲になるかもしれない。
 アーカルは視線を動かすと、大陸に描かれた巨大な4つの魔法陣を見つめた。それは城が中心になるように配置されていて、今は淡い光を放っている。

 クラフーン達がいる王の間の床にも、魔方陣が描かれていた。それも淡い光を放っている。
「さあ行くがよい」
 クラフーンは、イザナキとその妻子を魔方陣の上へ導いた。
「ドラゴンが接近。その距離およそ300メートル」
 見張りの兵士が声を張り上げる。
 街を見下ろしたウキトの瞳に、ドラゴンの巨大な姿が映った。
 ドラゴンは、着実に城へと近づいている。
 イザナキが魔法を唱えると、魔方陣の光は徐々に強さを増していった。やがて光がイザナキ達を包む。
 そして、光が消えたとき、そこにイザナキ達の姿はなかった。


 上空では、魔法使い達の詠唱が終盤に差し掛かっていた。
 アーカルは、ドラゴンが魔方陣の中心に辿り着くまでの時間を正確に読み取ろうとしている。
 魔法陣の光が強さを増していく。
 ドラゴンは立ち止まり、不審そうに周りを見渡す。
 気づかれたか。
《全軍出撃》
 アーカルは、地上で待機しているクバーフ将軍に精神感応で指示を送る。

 クバーフが「全軍出撃」と指示を出すと、戦場に銅鑼の音が鳴り響いた。
 それを合図に、待機していた戦士、巨人族達が怒号をあげながらドラゴンに襲い掛かった。空からは、グリフォンに騎乗したビーストマスター達が、攻撃を加える。
 奴隷の獣人族たちの手枷が外され、檻から放たれた。
 獣人族は咆哮をあげながら、ドラゴンに突撃する。
 舞い上がろうとするドラゴンの足に、巨人が投げた鎖が絡みついた。
 ドラゴンは、鎖の端をつかむ巨人ごと飛び立とうとする。
 浮かび上がる巨人の身体を、大勢の巨人たちがつかんだ。
 大地に戻されたドラゴンは、咆哮をあげると口から炎を吐き出した。
 その一撃で、大勢の戦士達が息絶えた。
 だが、不死の身体を持つ獣人族は、身体を再生させて、再び立ち上がる。
 ドラゴンは、自分を拘束する鎖を嚙みちぎると、群がる戦士たちを狂ったように殺しまくった。
 ドラゴンは再び、翼を羽ばたかせる。


 上空では、魔法使いたちの詠唱が終わろうとしていた。
「まずいな」とアーカルは呟いた。
 ドラゴンが空へ逃げようとしている。


 ルントゥ城、王の間。
「行くぞ」
 クラフーンが静かに告げた。
「はい、父上」
 ウキトが応じる。


 ドラゴンの身体が、宙に浮いた。
 その瞬間、巨大な3つのエネルギーが、ドラゴンに襲い掛かる。クラフーンとウキトとオールだ。
「逃げるのか? そんなに儂が怖いか」
 クラフーンの言葉が通じたのか、ドラゴンが咆哮をあげる。

 ドラゴンが炎を吐いた。
 クラフーンは、臆することなく「王家の盾」でそれを防ぐ。盾とはいえ、その表面は鏡のように輝き、とても武具とは思えない美しさだ。
 だが見た目とは裏腹に、とてつもない魔力を内包している。
 ドラゴンの炎をはじいた直後、盾に刻まれている王家の紋章がキラリと光った。太陽を模したその紋章を見た戦士たちの心に、闘争心が蘇る。

 ウキトはドラゴンの鼻先に転移魔法で跳ぶと、反応する間も与えずに瞳に剣を突き立てた。
 だが、唯一の弱点とされている瞳ですら、傷ひとつつけることはできない。

 ドラゴンの牙が、ウキトを襲う。
 ウキトが、再び転移魔法で、それから逃れる。
 今度は、クラフーンが強力な攻撃魔法をドラゴンに放つ。
 クラフーンに向け、炎を吐き出そうとするドラゴン。
 そこへオールが、攻撃魔法を叩きこむ。
 ドラゴンから放たれた炎は、逸れて街をさらに破棄していく。

「皆の者、あと少しだ! あと少しで『神の印』は成就する! それまで耐えるだけで良い! 最後の力を振り絞れ! 我らの勝利は目前だ!」 
 クラフーンの声が戦場に響き渡る。
「我に続け!」
 再び鳴り響く銅鑼の音。
 動ける者すべてが立ち上がり、叫び声をあげ、ドラゴンに迫った。


 ティアマト海、海上。
 大海原に浮かぶ大艦隊があった。シオン海軍である。
 軍船170隻と商船23隻に、24万人の水兵と脱出した民およそ700万人が乗っている。
 その1隻の甲板にはイザナキ達の姿があった。
 遠くにシオン大陸が見える。
 大陸の上空には暗雲が垂れ込み、時折、雷鳴が轟く。
 大陸全体が、光を放っている。魔法陣が完成しようとしているのだろう。
 ここからでは戦士達の姿はおろか、巨大なドラゴンすらも見えない。
 今はただ祈るしかない。


 首都ムワール。
 ウキトは混乱の最中、幼馴染の女戦士アロムを見つけた。
 アロムは、左腕を失っている。大量の血を失ったのであろう、その顔は真っ青だ。
 その傍らには聖女ドーニャがいて、アロムを治癒している。
 ウキトは転移魔法でアロムに近づいた。

「遅いぞ。来るならもっと早く来い」
 憎まれ口を叩くアロム。
「ああ、悪かった」
 いつもなら悪態をつく場面だが、今日のウキトは素直に詫びる。
 無言でアロムの左腕を見つめると、ウキトは首にかけていた首飾りを外した。
「預かっていてくれ」
 ウキトはアロムの首に首飾りをかける。
「これは王家の宝だぞ」
 アロムは、首飾りについている「勾玉」を手に取った。
「マヤウェル」
 アロムを無視して、ウキトは近くで戦っていたマヤウェルを呼ぶ。
「兄が持つ宝剣の気配は感じるか?」
「ええ」とマヤウェル。
「アロムを、そこへ送ってくれ」
「でも、魔方陣がないと跳ばせられない」
 視認できる場所へなら転移魔法で跳べるが、見えない場所となると危険だ。跳んだ先に物質があった場合、互いに干渉しあって爆発を起こす可能性があるのだ。
 だから通常は、現在地と目的地の双方に魔方陣を描くことで、確実に移動できるようにする。

「大丈夫だ。宝同士は引き合う。兄者の傍には魔方陣があるはずだ。そこに呼び寄せられる」
 なおも躊躇するマヤウェルにウキトは言う。
「俺がやってあげたいが、俺には自分以外を跳ばす魔法は使えない。だから頼む」
 静かにうなずくマヤウェル。
「ふざけるな。まだ戦える」
 拒否しようとするアロムに、ウキトは「またな」と笑顔を向ける。直後、マヤウェルが呪文を唱えた。


 アーカルは時が来たことを悟った。
 ドラゴンは魔法陣の真ん中にいて、詠唱も間もなく終わる。
 魔法陣は強烈な光を放ち、エネルギーが放たれるのを待ちきれないように震えている。


《陛下》
 ただそれだけのアーカルの言葉で、すべてを察したクラフーンは口を開いた。

     立ち上がり 神を讃えよ

        シオンの民

       神に選ばれし民

      喜べ、残された民よ

         救われよ

       神の印は成就した

         全地に語れ


 その詩は大陸で戦う戦士たちはおろか、距離を置いた船団にも届いた。
「父上」
 イザナキは宝剣を握りしめた。
 その傍らにはマロンの姿があった。
 マロンは歯を食いしばり、勾玉を握りしめている。
「陛下」
 残された民たちは、膝をつき天に祈る。 
 王の詩が終わると同時に、大陸は強烈な光に覆われた。
 そして、大陸を覆う光が消えたとき、大陸もドラゴンも消えていた。
 王や戦士達とともに。

 突如、大陸という大質量を失った空間は、その穴を埋めるかのように大爆発を起こした。
 そして、巨大な津波が発生する。
 その高さは、実に3000メートルを下らないだろう。
「全艦隊に告ぐ。耐えよ」
 イザナキが叫んだ。

 大津波が船団に迫る。


     一話 完

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