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『ドラゴンを封印せし者、現世に転生して魔王となる』 ☆第三話☆



     序章

 気象学者のキャビン・シュミットは、天体物理学者のアダム・フランクに対して次のような問いを発した。

「私たちの文明が、地球に起こった唯一の文明だと知ることはできるのですか」と。

 都市や道路といった産業文明の痕跡が残っていれば、話しは早い。
 あるいは、その文明が消費した化石燃料の痕跡でもいい。
 
 だが、その文明が、大地ごと異空間に飲み込まれてしまったとしたら?
 そして、その文明のエネルギー源が「魔力」であったのなら?
 
「証拠の不在は、不在の証拠ではない」のだ。
 
 




     三話 「日本」


 フランスのジュネーブ郊外。
 一軒の家を、武装した兵士たちが取り囲んでいる。
《ジン、配置についた》
《ウォッカ、配置についた》
《リキュール、配置につきました》
 ヘルメットに搭載された通信機に、次々と報告が入る。
 それを聞きながら、倉本優香は深くため息をついた。
 コードネームを酒の種類にするなんて、馬鹿げている。

《どうした? ラム》
 ため息が聞こえたのだろう、指揮官である『泡盛』が訊いてきた。
「いえ、何でもございませんよ」
 そう言いながら、優香は『コニャック』と共に、3名の『ノーネーム(コードネームを持たない兵士)』を引き連れて、建物の裏側に回り込む。
 身を低くしながら、勝手口の扉へ近づいた。
「ラム、配置につきました」
《『白酒(パイチュウ)』動きはないか?》
『泡盛』が問う。

 ターゲットがこの家に入ったのは12分前だった。
 それは、ターゲットを追ったドローンから送られてくる映像で確認している。
 その後、7分以内にこの家を包囲した。
本部オペレーター室にいる『白酒』が、ドローンから送られてくる映像を確認する。
 家の中を動く、3つの人型の熱源が確認できた。
《3人ともいるよ。1階の南東の部屋だね、そこに集まっている》

《よし。15秒後に突入》
『泡盛』の指示を聞き、優菜は腕時計を確認する。
《……10秒前……9……8……》
 5秒前をカウントした時だった。
 家の中から強い光が起った。
《……3……2……1……》
 突入、という号令と同時に『コニャック』が扉を開けた。

 同じタイミングで、玄関からは『ウォッカ』と『モルト』が、『ノーネーム』を連れて突入したはずだ。
 扉のない側面2つは、『ジン』と『リキュール』が、窓からの逃走を警戒している。
 チームメンバーがこれほど揃うなんて、実戦では初めてのことである。
 相手はよほど手強いに違いない。
「面白い」
 そう呟くと、優香は室内を進んだ。
 大型の猫科の動物のようだと、優香はよく言われる。
 敏捷性と、完璧なまでに気配を断つ技術を称賛したものだが、中には凶暴性だと揶揄う者もいた。

 オペレーター室のコンピューターと同期されている優香のゴーグルに、家の間取りが投影されている。
 先程、ドローンが感知した3人の人影は、まだあった。
 この先の部屋だ。
 扉の隙間から、光が漏れている。
 不思議な光、と優香は思った。
 光自体に何か力があるように思えるのだ。

 部屋に辿り着いたのは、『ウォッカ』たちとほぼ同時だった。
『モルト』が扉を開けるのと同時に、光は突如として消えた。
 部屋の中に飛び込む優香と『ウォッカ』と『コニャック』。
《誰もいない》
『ウォッカ』が報告する。
 優香がゴーグルの映像を確認すると、人影も消えていた。
「何だ、これは?」
『コニャック』が声をあげる。
 彼の視線の先を目で追った優香は、そこに不可解な模様を見た。
 魔方陣である。


同時刻、日本。
 一軒の家の床に描かれた魔方陣。
 そこが光はじめ、徐々に強さを増していく。
 光が消えたとき、そこにウキト、マヤウェル、カックの三人が立っていた。
「説明してくれ」
 周りを興奮気味に見渡しながら、ウキトが訊いた。
 ウキトにとって初めて見る物ばかりである。
 無理もないな、とマヤウェルは微笑んだ。
 だが、今の状況を説明するのは容易ではない。
 この世界のすべてのことを説明しなければならないのだ。

「この世界は、私たちのいた世界の未来なの」
「未来……。では、あの後、どうなった? ドラゴンは? 国は? 兄者たちは?」
「わからない」
「わからないって、どうしてだ? 誰か生き残った者に訊けばいいだろう」
「ウキト、よく聞いて」
 マヤウェルは真剣な表情で言った。
「現在は、私たちが生きていた時代から……おそらく、1万年以上は経っているの」
 だから、自分たちが知っている者たちは、誰一人として生き残っていない。
 言葉の意味が理解できていないのか、ウキトは呆けたような表情をしている。
「シオン国がどうなったのか、残された民たちがどうなったのかなんて、まるで記録に残っていないのよ」

 マヤウェルは冷蔵庫を開けて、中から缶ビールを3本、取り出した。
 カックとウキトに1本ずつ手渡した後、残った缶のブルタブを開ける。
「でも、ある程度は予測がついている」
 よく冷えたビールを喉に流し込むと、マヤウェルはウキトに同じようにするよう、目で合図を送った。
 見よう見まねでブルタブを開け、中の液体を口に入れるウキト。
「これは、……酒か」
 シオンにも同じような酒はあった。
 だが、これはその数倍は美味い、とマヤウェルは思う。

「まず、シオン国がどうなったか、については」
 マヤウェルはスマートフォン取り出し、操作する。
「なんだ、それは?」
 スマートフォンを警戒するウキトを無視して、ある曲を再生させた。

《君が代は、千代に八千代に、さざれ石の、巌となりて、苔のむすまで》

「これはね、日本の国歌なの」
 マヤウェルはそう言って、ウキトの反応を見る。
 だが、なにも感じなかったようで、彼の表情に変化はない。
 そこで、マヤウェルは自分自身で歌ってみる。
 発音を、シオン語のそれに変えて。

「クム・ガ・ヨワ、テヨニ・ヤ・テヨニ、ササレー・イシィノ、イワ・オト・ナリア、コカノ・ムーシュマッテ」

 ウキトが驚愕の表情を見せる。
「マヤウェル、これって……」
「そう、クラフーン王の最後の詩」

 あの時、マヤウェル達はドラゴンの目の前にいた。
 ドラゴンが口を大きく開く。
 炎を吐くつもりだ、とマヤウェルは思った。
 ウキトもそう察しただろうが、彼は逃げようとはしなかった。
 彼の後ろに、負傷者を治癒する聖女ドーニャがいたのだ。
 ドラゴンの吐く炎は、個人の魔法だけでは防げない。
 王家の盾のような、特別な武具の補助が必要なのだ。
 守らなければ。
 マヤウェルは魔法の壁を形づくろうと、魔力を集中する。
 その時、詩が聞こえた。

  立ち上がり神を讃えよ(クム・ガ・ヨワ) 

      シオンの民(テヨニ) 

    神に選ばれし民(ヤ・テヨニ) 

  喜べ残された民よ(ササレー・イシィノ) 

 救われよ神の印は成就した(イワ・オト・ナリア) 

    全地に語れ(コカノ・ムーシュマッテ)
 

 そして、激しい閃光が起き、すべてを飲み込んだ。

「では、日本という国が、俺たちの……」
 ウキトの声が掠れた。
「うーん、そうともいい切れないんだな」
「なんでだよ」
「シオン語は、ヘブライ語と呼ばれる言語に近いの。それはイスラエルという国の公用語よ。そしてシオンという地名が、その国に存在したの」
「じゃあ、そこがシオンの……」
 ウキトの言葉を最後まで聞かずに、マヤウェルは日本のパスポートをだしてみせた。
 それはマヤウェルのもので、日本名は神崎真矢となっている。
もちろん偽造されたものだ。
 だが、見せたかったのはそこではない。
 表紙にあったシンボルマークである。

「これは……」
 ウキトもそれに気づいたようで、目を見開いている。
「日本の国章『菊花紋章』よ。シオンのそれに似ているでしょう」
 クラフーン王が装備していた王家の盾を思いだす。

「なら、やはり……」
「でも、このような紋章は、世界各地で使われているわ」
「なんだよ。結局、お前は何が言いたいんだ」
「生き残ったシオンの民が世界中に散ったと思うのよ」
「でも、お前は日本を選んだ。なぜだ?」

「この国の神話に登場する神の中に、伊邪那岐神(イザナキノカミ)という神がいるの」
 イザナキ、と呟いたウキトは口を大きく開いた。
「兄者か」
「神話ではね、伊邪那岐神と伊邪那美神(イザナミノカミ)が日本を創ったとされているわ」
「イザナミ……イナミ。義姉さんと名が似ている」
「そしてね、伊邪那岐神には、天照大御神(アマテラスオオミカミ)という娘がいるのよ」
「アマテラス……」
 ウキトは呟いたが、何の反応も見せない。

「アーマ・ティ・トラウス」
 マヤウェルは、アーマのフルネームを声に出す。
「大御神というのは尊称だから除くとして、『天照』と『王女の本名』の音が似ていると思わない?」
 マヤウェルがそう言った時だった。
 これまで、ソファーに寝ころびながらスマートフォンをいじっていたカックが、血相を変えて起き上がった。

「これを見てくれ」
 カックはスマートフォンをウキト達に近づける。
 画面には映像が映し出されていた。
 どこかの国の、どこかの街。
 炎が上がり、煙が立ち込める中、大勢の人々が逃げまどっている。
 サイレンを鳴らしてパトカーが急行する。
 大勢の警官が、同じ方向を向き、銃を構えている。
 何か事件があったようだ。
 いや、街や車などが破壊された様子を見ると、テロかもしれない。
 画面の中で映像が動き、二人の男が映った。

「!」
 マヤウェルは息をのんだ。
 それは、かつての戦友のエーブとウカッブだったのだ。
 二人は剣を握りしめた状態で、警官に取り囲まれていた。


     第三話 完



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