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私の白髪とショートカット

「かわいそうだ。」夫が言った。
「どういうこと?」
「たくさんあり過ぎる。数えきれない。本当にやるの?」
「そんなにたくさん....?」私は、夫が指し示す場所を鏡で確認して絶句した。

出産してから白髪が一気に増えた様に思う。ちょっと前までは探さなければ見つからなかったのに。二人目の出産後、しばらくは抜け毛の量に恐れ慄いて、白髪の存在など全然気にも止めていなかった。私は黒髪クセ毛、しかも剛毛で、白髪も太く立派なものだからとても目立つ。抜く白髪は大体いつも同じ場所に生えてくるものだった。だからこそ、目に付くものはこまめに、せっせと自分で抜き、見えない後頭部は夫に頼んで抜いてもらっていた。そうして整えていた髪はしっかりと黒々としていて、たとえクセ毛で剛毛だとしても、「30代後半にしてはなかなかでしょ?」とちょっとした誇りでもあった。そう思ってた矢先、大量の白髪の存在が発覚したのだ。夫が発した「かわいそう」は、抜かれてしまう運命の白髪に対してなのか、私に対する哀れみの気持ちだったのかは忘れてしまったが、とにかく、本当に悲しそうだった。

この時、確か私は「ひどいなぁ」と笑いながら適当にやり過ごしたと思う。もちろん、夫もフォローしてくれた。でも、思いの外、平常心に戻るのに時間がかかった。それもまたショックだった。「自分は白髪が増えたくらいで落ち込んだりしない。」と信じていたから。そういう覚悟はできていたと思っていた。

この事件以来、私の頭の片隅には「白髪をどうするべきか」の問いが居座っていた。黒髪にするシャンプー、白髪染め、カラーリング、ネットで一通り調べてみた。「染める」という選択肢が一番妥当なのは解っている。でも、納得するまでは、白髪が目立たない様に隠してやり過ごしていた。

それから数ヶ月後、再び鏡を観て心が決まった。
「カットしよう」
染めるでもなく、シャンプーを買うのでもなく。
綺麗に染めても、きっとメンテナンスを怠って、そのうちみっともない頭になる。シャンプーだって、自分だけ別のものを使うなんて、コスパが悪過ぎる。自分の性格を考えた上での決断だ。でも、そんなことよりも白髪について考え続けているうちに、切ってしまいたい衝動が抑えきれなくなったのだ。そうそう、私はショートカットにしたかったのだ。

夫と出会う前までは、ずっとショートカット、時にはベリーショートの様な短髪を好んで過ごしてきた。それが私だと思っていた。なのに、夫と付き合いだしてから、夫は「長い方が似合うよ」というし、結婚式もあったし、出産の後は切る暇などなかったし。いつの間にか私の髪はセミロングほどになっていた。白髪事件から悶々と考え続けた結果、「今こそ、本当の自分に戻る時がきたのだ!」そういう思いがふつふつと湧き上がってきた。

「髪の毛切ってくるわ」と言って、夫に子供たちを預けて家を出た。美容院に着くと「だいぶ短くして欲しいです。」とお願いした。いつも担当してくれる美容師さんは少し驚きながらも「わかりました」と答えて淡々と切り始めた。どんどん短くなっていく。
「これ位でどうですか?」
「もう一回り短くてお願いします」
「これより短くすると、もみあげが浮いちゃいます。」
「じゃあ、切っちゃってください」
本当はもっともっと短くして欲しい。でも知っている。短くなるにつれて美容師さんの動きは鈍くなるのだ。そろそろ妥協点を見つけなければならない。そうやってお互いを探り合いながらカットは終了した。

出来上がったのは、刈り上げのツーブロック。
思わず、「久しぶり!」と、鏡の自分を見て思った。帰宅後、私の髪型を見た夫は、驚き、明らかに落胆していたけど、私と同じように「よ、久しぶり!」と言って笑った。子供たちは笑いながら口々に「おばあちゃんみたい!」と連呼。彼らにとっては髪が短い=お婆ちゃんなのだろうか?

肝心の白髪だが、やはり綺麗にカットしてもらっても目立つものは目立つ。でも、ショートカットにしてから、気にならなくなってしまった。むしろ、「もうこのままで生きていこうか」という気にさえなった。なりたい私になったら、白髪の事はどうでも良くなってしまった。

ニヤニヤしながら鏡を見て「もう少し短くしても良かったな」と思った。が、それはまた次回に取っておくことにしよう。






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