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大事なところは気づきにくい。


保育園や幼稚園を選ぶ時の基準って、どこを見て選びますか?

制服が可愛いとか、プールや英語や体操教室があるとか、バス送迎があるとか、選ぶ基準は、親御さんによって違うと思いますが、

見た目重視にしていませんか?

その需要が多いほど、見た目重視の風潮は止まないように思うのです。

前職の保育園の同僚でさえ、自分の子どもの園選びをする時には、いろいろな習い事が多い園を探していると言っていました。

それは、決められたスケジュールの中で過ごす弊害よりも、できるようになることを重視しているからではないでしょうか?

子どもが、もともと持っている、自ら学んでいく力や色々なことに挑戦し、自らの願いが叶うまで、自分を信じて、やり遂げようとする力を
奪ってしまっているのは、

大人の枠にはめて強制的にさせることの方に目が向いるからではないのかな?と思うのです。

子どもに何を教えるかというより、子どもの本来の素晴らしさを、大人がどのように潰してしまうのか?と言う事に視点を置いてみてください。

大人は、言葉で教えようとしていませんか?

正解だけ教えようとしていませんか?

大人になったら嫌なことでも我慢しないといけないから、嫌なことでも、頑張ってすることを体験させたり、

ルールを守れることだけ教えられる。

そんな子どもの生活って窮屈すぎませんか?

話は変わりますが、
保育士の仕事は怪我をしないように見るだけでなく、食事、排泄、言葉、絵画、歌、手洗い、うがい、排泄、人間関係...など、一人ずつの育ちを考えて計画を立てていきます。

その作成の時間を勤務時間内で確保してもらえるか、持ち帰りの仕事としている園など様々ですが、

その書類の作業に時間を費やすよりも、その時間を、子どもをしっかり見て、関われる時間に使った方がいいのではないかな?と思っていました。

また、持ち帰りの仕事を増やして疲労困憊させてしまうことよりも、休養をしっかりとって子どもと関われるようにすることの方が大事ではないかと思うのです。

でも、書類がないと監査は通らない。監査が通らないと認定がおりないのです。

やっていることが、悪循環するようなシステムになっているように思えてなりません。

そもそも書類に書いていることを、その通りにやっているとは限らないですからね。

書類が、監査の通る基準だとすれば、そこだけしっかりやっておけばいいだろうと思うのが、人間の真理だと思うのです。

表面的に見えることではなく、見えないところが、大事だってことをわかってもらうのは、どうしたらいいでしょうか?

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