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デンマークのワクチンパスポート:移動は自由になるのか?

2021年4月末、デンマークデジタル化庁がデンマークのデジタルワクチンパスポート(Digital Corona Pass, coronapas-appen, 以下コロナパスアプリ) のインタフェース・デザインを発表した(デジタル化庁の発表より)。

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コロナパスとは、「市民がワクチン接種を完了したか、感染から回復したか、または72時間以内の陰性結果(PCR検査及び抗原検査の両方)のいずれかを示したもの*1」で、5月6日現在、デンマークでは、レストランやカフェの入店、動物園や遊園地などの文化・レジャー施設、大学キャンパスへの入校などに必要な証明書だ。「パス(デンマーク語でパスポートも意味する)」という言い方がちょっと紛らわしいと当初思っていたが、今では「コロナパス」という言葉に慣れた。

今は、ワクチンの接種証明検査での陰性証明は、オンラインの医療保健ポータルSundhed.dkや医療保健アプリMinSundhedにログインすることで確認したり、ダウンロードしたり、印刷することができる。証明が必要な場合は、検査の際に送られてくるサイン済みのデジタル書類を見せるか、オンラインで入手できる検査結果情報を示せば良い。今現在使われているアプリ上でのデジタル証明書類は3月から利用が開始され、今は、これが簡易バージョンのデジタル・コロナパスということになっている。なお、入手はチョットめんどくさいがスマホ保持してない人、デジタルを使ってない人向けの紙書類の入手申請もでき、デジタルデバイド対応もされている。

ブラウザ・アプリなどで、コロナパスが比較的すぐに利用可能になった背景には、もちろん電子政府政策の功績がある。デンマークの個人番号制度(CPR)が適切に機能していて、個人の医療情報がデジタル情報として集約され、個人認証・証明の仕組み(NemID)があり、セキュアな情報提供チャネルがあるからだ。今のアプリでは証明書画面でデンマーク語から英語フランス語が選択できる(下図)のだが、これもITの力が大いに活用されている。デジタルにすることで、言語選択や翻訳の可能性は広がり(標準装備はないだろうが技術的には日本語変換も簡単なはず)、背後にある大量の情報をシンプルに表示しつつも、必要であれば深掘りするなどもできる。さらに、データは人力で収集しなくても蓄積されるため、「私は2ヶ月連続でずっと陰性だ」など自己分析にも便利だし、全国規模での分析も簡単で、エビデンスベースの政策策定システム改良や次のIT開発にもつなげられる点など、本当便利だ。

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準備が進む純正コロナパスアプリは、セキュリティ・使い勝手の強化が謳われ、今のところ5月末にリリース予定になっている。2月から開発が行われていて、すでに4月末には8割型開発は完了と発表されており、観光・レジャーの稼ぎ時の6-7月には間に合わせたいという強い想いが伝わってくるローンチスケジュールになっている。

デンマークの純正コロナパスアプリのサービス内容は現在の簡易版と基本的な点は変わらず、ワクチン接種情報(接種ワクチンの種類、日時など)、PCRや簡易テストの検査情報、過去の感染記録が確認できる。違う点としては、下の図からもわかるようにQRコードが中央に鎮座するインタフェースだろう。同じに見える2つのインタフェースは国内用と国外(EU )用で、それぞれで必要な情報が表示されることになるので、切り替えて使うことになるんだそうだ。アプリを通して、本人はワクチンの接種状況や検査状況などの詳細情報を確認することができるが、国内で他者(レストランとか美術館とか)に示す場合は、コロナパスが有効(有効期限内の陰性証明)かどうかが示されるだけで、検査での結果やワクチン接種状況などの詳細情報は開示されないらしい。今の簡易型コロナパスは、基本、書類をそのまま見せることになるので個人情報ダダ漏れ(個人番号とか検査場所や検査日時とかが記載されている)である。だから、純正コロナパスアプリの方向性は、個人情報保護の観点からも非常に望ましい。

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国外でのコロナパスの利用(現段階では主にEU内が現在想定されていると思う)に関しては、まだ不明事項が多い。EUがQRコードで情報読み取りをすることに合意したのは各国のコロナパスの発表からも間違いないだろうが、共通確認条項のすり合わせはもう少し必要だろうし、利用者的には、コロナパスは、国家間の移動を自由にするパスポートになってくれないと困る。「我が国に来るときには、紙書類でもってこいとか、証明書があっても我が国所定の検査を空港でしなくてはならないとか、3日間の指定場所での強制隔離が必要である」などの追加条項が付加されるのでは意味がない。デンマークのコロナパスは、デンマークで実施されるワクチン接種や検査結果が適切にEU諸国で認知され、デンマークから他のEU諸国への移動を快適にするのが目的だ。そして、もちろん最大の目的は、そこからの経済の正常化や移動の活性化による観光産業の活性化だろうことは当然の帰結だろう。

今回のコロナパスアプリは、すでに通例ではあるが北欧では常識となっている産官学民の参加型で協議がされ、開発がすすめられている。今回は、デジタル化庁と医療保健機構が中心となり、産業界、文化機関とのコラボで開発が進められている。アドバイスをする協議会も設置され、そこにはデータ倫理委員会サイバーセキュリティ委員会コペンハーゲン空港チボリ公園(アミューズメントの代表か)、産業連盟から各産業の代表が参加して、ユーザビリティやデータの取り扱いなどについて議論がされ提案が取りまとめられている。色々な報道から見て取れるように、インタフェースは非常にシンプルで使いやすそうだし、それぞれの分野でのニーズにも対応しているし、個人のプライバシーの配慮も行き届いている。こうして、参加型デザインの成功例がまた一つ増えていくんだろう。

デンマーク政府は、5月3日にジョンソンエンドジョンソンのワクチンの非採用を決定した。この決定により、デンマークでの国民ワクチン摂取プログラムは、予定よりも遅れて8月22日に完了する見込みだ*3(下記:政府発表資料より筆者翻訳)。副作用が懸念されたことが主な要因であるが、現在、排除されているアストラゼネカ製ワクチンと同様、希望者には選択肢の一つとして提示される可能性は依然議論されている(ワクチンの早期摂取が可能になるんだろうか)。

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デンマークの夏休みは、6月末から8月初頭にかけてと日本よりも早い。今回の政府発表を受けて、今回の夏休みには確実にワクチン接種は間に合わないと肩を落とす人も多いが、ワクチン接種までは週に2回は検査を受けなくてはならなくても、コロナパスの利用を前提にだいぶ楽しみの制限が緩和された。まだまだ何か起きるだろうとは思うものの、今できることはたくさんあるものだし、なによりも国内の久々にちょっと開放的になっている雰囲気は、この長いコロナ禍で一服の清涼剤になっている。

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*1: 在デンマーク日本大使館のニュースより抜粋
*2デンマークの電子政府では、ブラウザーベースのポータルが当初構築されていたが、アクセスデータからモバイルアクセスが多数で、また増加していることがわかって(データに拠る開発だ!)、アプリ開発が各分野で行われている。
*3:接種スケジュールは頻繁に変わる。ワクチン入手にはまだ不明確な部分が多いからだ。その時の分析に合わせてワクチン接種の順番も変わってきていた。本来は、10〜20代の年齢グループは最後の方に回されていたのだが、当該年齢グループのCOVID感染が増加したことで、計画が変更された。これは、まぁ、若者に集まってパーティするなっていう方が難しいよね、という大人判断なんだろうか。

追記

コロナパスに関しては、井上陽子さんの記事「北欧の明暗を分けたコロナ対策 切り札となったデンマークの「コロナパス」と日本との違いは?」も秀逸でした。

世界各国のワクチンパスポート事情が、MITテクノロジープレス「ワクチンパスポート、接触追跡アプリの「二の舞」になる可能性」で紹介されています。MITテクノロジープレス2021年5月20日(オリジナル:What England’s new vaccine passport could mean for covid tech’s next act. )  


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