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日本のリビングラボに見た未来:横浜市

Photo by Gianni Scognamiglio on Unsplash

彩豊かなリビングラボの集積地:横浜リビングラボ

日本でリビングラボを実施するときの秘訣が満載だ、と、思いもよらず素敵な宝物を手に入れた気分にさせられたのは、会話が弾んだ時に得られる一時的な高揚感によるものだったのだろうか。少し時間が経って、改めて振り返り、いや、そんなことないと思っている。期待が高まったのは確かなんだけれども、一時的な熱ではない。ちょっと灰色がかっていた未来の色が変化しつつあることが感じられてその感覚が持続している、さらに可能性が具体的かつ明確に見えてきたからなんだろうと思う。

特集企画「地域循環型経済を実現する横浜の公民連携~リビングラボとサーキュラーエコノミーplus」

2021年10月18日から22日の1週間、月曜日から金曜日まで、スマートシティインスティテュートウェビナーで、横浜市のリビングラボの取り組みの回に登壇した。登壇といっても私は発表を聞いて茶々を入れるコメンテーターなので気楽なものだが、実践者からの事例の紹介を聞いて、頭に浮かんだ疑問にその場で応えてもらうというもの。リッチな登壇者とのインタラクションを通して、多くの学びや気づきが得られて、実際のところ自分でも驚いている。1視聴者としてではなく積極的に参加することで得られた機会でもあるが、なにか私の発言がトリガーとなって私の感動も多くの人に届いていればと思わずにいられない。

登壇者の事例発表の間、私の頭を巡っていたのは、日本でのリビングラボの可能性である。そもそもどのような点をうまくいっていると評価しているんだろう、うまくいっているリビングラボの特徴はなんだろう、日本でうまくいっているという横浜リビングラボの事例は、同じ土壌である日本のうまくいってない所と何が違うんだろうか?ということだ。正直、北欧のリビングラボの発信を多方向から続けてきたが、日本の土壌には合わないとか、日本はコラボレーションは苦手だから、などという後ろ向きコメントが多く、個人的に、それをひっくり返すヒントがここにあるんじゃないかとそればかり考えていた。

5日間という短いセッションだったが、結論は非常にポジティブなものだ。つまり、リビングラボは日本でも問題なく実践できるということ、人が動きやすい仕組みづくりは意識的にも無意識的にもされうるし、そんな仕組みを意識的に導入することでリビングラボの効力が倍増しそうだということである。皆んなで街をよくするために取り組むことって、難しいこともあるけれども、実はこんなにシンプルで、その結果、皆んなが嬉しいことに繋がるんだ、ということを見せつけられた気がする。

登壇者の顔ぶれから見えること:「分人」がリビングラボを動かす

各回に登壇していた人たちは、プロジェクトを実施している実践者であり、市民であり、コンサルであり、中小企業の社長であり、地方議員だった。面白いのが一つの役割しか持ってない人は稀で、いくつもの顔を持っている人が多数いるということだ。その中には地方議員もいて、地方議員でありつつリビングラボの運営にどっぷり関わっていたりもする。話を聞いていると、複数の役職を持っているというのは少しも不思議なことではないことに気づく。地域をよくしたいと動い、さまざまな役割を担うようになっただけで、たまたまそれに名前がつけられていただけのことだ。平野啓一郎のいう分人で、たくさんの役割・顔を持ち、かつ一己の統合的な人間なのである。

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バウンダリーオブジェクトが秀逸:秀逸なバウンダリーオブジェクトがある

バウンダリーオブジェクトとは、様々な人が共創をするときに接点となり共創を支えるモノやコト(Object )のことで、Computer Supported Coorperative work (CSCW)という分野では20年ぐらい前から注目されている重要なコンセプトの一つだ。背景知識の異なる人たちが一緒にプロジェクトをする場合には、コトバが違ったり、進め方が違ったり、目的が違ったり、そもそもの前提が違ったりして困難が立ち塞がるけれども、共有できるナニカがあることで、その何かを仲介することで異文化コラボレーションの困難が和らぎ、多様性を背景としながらも新しい創造につなげられることがわかっている。コトバが違っても、バウンダリーオブジェクトを通して、互いを理解しコミュニケーションを達成させることができるからだ。

バウンダリーオブジェクトは、シンプルかつ身近なものなので、キーワードとして出されることで、誰もが自分とのつながりを見つけ出せる様々な人の共通項であり、イメージしやすく、そのモノゴトに自分ごととして乗っかれるだけの柔軟性を持っているものと定義される。同時に、自分たちの視点という独自の切り口からも語れるから、スケールできる性格も兼ね備えている。

今回紹介されていた横浜のリビングラボには、いくつも地域の共創を促すリビングラボの鍵となるバウンダリー・オブジェクトがでてきていた。すすき野団地リビングラボの小柴健一氏と瀬谷リビングラボ・横浜市会議員の川口ひろ氏の講演からは「養蜂」、東京工業大学工学院の中谷桃子氏と藤が丘・青葉台リビングラボ・横浜市会議員の藤崎浩太郎氏の講演からは「シェアご飯」だ。その変幻自在なバウンダリーオブジェクトの性質には心底驚かされた。なにしろ、子供も老人も、営利企業もNPOも、提供者も受益者も、「養蜂」や「シェアご飯」の周りにそれぞれ自分の役割を見出し集まり語ることができるからだ。そして、全ての役割がつながり、互いに関係しあうエコシステムが出来上がっている。

横浜リビングラボで鍵となるバウンダリー・オブジェクトは、果たして意識的に選ばれたのだろうか、それとも無意識的なんだろうか?語りからは、個人的な関心やシンパシーから始まる切り口であることも多いことが示唆されるのだが、みんなが話に乗ってくるトピックを模索しているうちに、最終的に一つのキーワードに集約していったのだと解釈することもできる。適切なバウンダリーオブジェクトを抽出するためには、その地区のことをよく知り、地域の課題をお互いに共有し、自分の考えを提示し、相手の考えを聞くという意見の交換のインタラクションを重ねて、その連続によって連鎖思考的に「みんなが盛り上がれる」繋がりを見つけ出していくんじゃないかなと思った。そして、それを根気強く続けて、成功させたのが横浜だ。

地域で経済をまわす

紹介されているリビングラボは、揃いもそろって、どれも循環型が特徴的である。関係者が持ちつ持たれつ提供したり受領したりする関係性が織り込まれていた。そもそも、本5日間にわたるウェビナーシリーズは、お題に「サーキュラーエコノミー」という言葉が掲げられていることからもわかるように、地域循環を考えるリビングラボがフィーチャーされていたものだ。だからこそ、語られた事例が循環型のリビングラボであることは、当然のことともいえる。それでも、「モノやサービスが生まれ→消費され→自然に戻される」という一連の循環プロセスが見事に地域の中で達成されているのは、横浜リビングラボがうまくいっていることと無関係ではないだろうと思うのだ。つまり、リビングラボは、地域の中で循環している必要があるのではないかということだ。

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地域に生業を持っている企業が、学校や商店街などの地域コミュニティと連携・協力し、地域に足りないモノやコトを商売という形で補うことで地域の産業循環を盛り立てるのと同時に、安定した地域経済の育成に繋げていく。いくら熱意があり想いのある人たちがあつまったとしても、私たちは生活をしていかなくてはならないから、仕事が必要だし働く必要がある。貨幣経済ではなかったとしても何らかの共助や互助そして地域経済が成り立たない場で、地域が成り立っていくということはあり得ないんじゃないかと思う。そこにあるのは、原丈人さんのいう公益資本主義であり、あくまでも地域循環型の経済モデルである。地域外企業がサービスを提供しつつも、利潤は地域には落ちていかないGAFA一人勝ちモデルは、地域や社会や持続可能性から見ると限界がみえている。

蜘蛛の巣ではなく魚の網:キーパーソンはみんな

横浜リビングラボには、実は皆が認めるキーパーソンがいる。横浜市職員である関口さんがその人で今回のウェビナーでも全編にわたって司会とコメンテータを務められていた。関口さんは、どうやら人を引き寄せ繋ぎ、アクティビティを次々に創造したり、生まれたアクティビティにシビックプライドを埋め込み、さらに盛り上げる手助けをすることに長けているようなのだ。地域で生まれた様々な試みに、広義の「リビングラボ」の名前を与えることで、皆が同じ方向に向かいやすくしている。互いに学んだり連帯感をもたせ、横浜に広がる大きなうねりを生み出している。

ここで生まれる問いは、関口さんがいなかったらリビングラボは動かないのか?という点だ。多くのリビングラボには、鍵となり人々を引き寄せる推進者がいるし、その存在はとても重要なものだ。ただ、この属人的な仕組みに依存したリビングラボは、その人がいなくなることで瓦解してしまう。

結論から言うと、横浜リビングラボは、おそらくそんなことは起こらないんじゃないかと思う。過去はわからないが、今は多くのプレイヤーが誕生し、個々の意思でさまざまな活動が「リビングラボ」という名のもと緩やかにつながり合い、切磋琢磨しながら共に成長しているように思える。横浜リビングラボは、今、点から面にフェーズが移り、尖ったカリスマ的な人一人を中心に回るリビングラボではなく、多くのプレイヤーがそれぞれの役割を全うしながら関連性を持って動いている。それぞれが独自にプロジェクトを構築し、地域のリアル課題の解決に取り組んでいる。地域の住民全員が関わっているわけではなくても、そのアクションは確実に拡大し、そこには、弱い紐帯を持ち全体を支える関口さんのような縁の下の力持ちがいる。

産官学民ネットワーク

今回のウェビナーで目から鱗だったのが、地方議会の議員たちによる政党を超えた協働や、議員と地域産業や地域コミュニティの連携の姿だ。日本において、議員たちはたとえ基本指針に合意したとしても政党を超えた協力は難しいのだと思っていた。共通の理念に基づき協働できるというkとを示してくれた横浜の政治家の胆力に改めて感服する。また、議員や地場産業、地域のコミュニティがフレキシブルに協力し、お互いをリスペクトしつつ自分たちがやるべきことをしていることが、対話から滲み出てきており、過去数年の政治にちょっとがっかりしていた自分は、正直驚かされた。

地域は、政治(官)と経済(産)と生活(民)、そして他のプレイヤーの判断の拠り所となりうるエビデンスや理論を示す我々研究者(学)で成り立っている。それぞれが独自の役割をもち、相互扶助もちつもたれつでリビングラボは動くはずだ。横浜市の議員が次々に打ち出した議員提案条例は、サーキュラーエコノミーの基盤作りにつながる政策である。具体的には、オープンデータの推進条例があることで、ボトムアップのデータ活用がしやすくなったり、中小企業振興基本条例が立法化されたことで、地域の中小企業が地域に関わりやすくした。立法は市民や地場産業のアクティビティにお墨付きを与えることで活動をしやすくし、さらにシビックプライドを支える。同時に、地域産業は、働く場を醸成し地産地消を促すことで、経済を回し地域を盛り上げる。そこに住む人たちは、行政や地域の産業の恩恵を受けつつ様々な形で地域コミュニティに貢献しているのだ。

本来、リビングラボの始まりがボトムアップの地域コミュニティからの動きであろうと、市が主導するプロジェクトであろうと、始まり方のみに注目するのは意味がないはずだ。リビングラボの動きは、その産官学民の全てのプレイヤーからのコミットメントがあって初めてうまく動き持続可能になっていくからだ。そう考えると、官民対立はもとより、産官民対立の構造は前時代的である。お互いの助け合いやお互い様ををよしとする考えが、日本の風土にもあるはずで、そこに立ち戻った姿を横浜リビングラボは見せてくれている。

横のつながり

横浜リビングラボの成功は、多数のプロジェクトが程よいサイズで動いているということも言えそうだ。横浜は337万人都市であり、市長がリーダーシップをとってできる事業は限られる。そのため、リビングラボを実施する際に、基本は区内や小さなコミュニティ範囲で模索し行動し循環させるのだそうだ。だが、それぞれが独立していないところが横浜の特徴らしい。

各区での小さな動きは、横浜市という大きな枠組みの中でネットワークを作り、横で繋がっている。これは、とても理にかなっている戦略だろう。地域のことは地域の人たち(拠点を持つ政治家や地場産業や地域コミュニティの人たち)が一番理解している(自助)が、ひとりぼっちで動いていると感じてしまうと不安にもなるだろう。それを、相互に励まし合う(共助)ことで、横浜全体のリビングラボの知見の底上げになっているようだ。また、せっかくうまくいっている学びや仕組みやサービスを、同じような社会文化的環境にある横浜で一箇所に留めておくのはもったいない。

商人文化と多様性受容

今回のウェビナーで複数の登壇者が述べていたことで気になっていたのが「横浜気質」である。この言葉は、以前、永井沙耶子さんの原三溪を描いた小説『横濱王』を読んだときにも感銘したが、もともと港町で世界への窓口だった横浜は、風通しがよく多様性を受け入れる素地をもっていること、また新しいことに関心を持ちチャレンジする精神が旺盛な商人気質である、とするものだ。

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確かに、オープンかつ正直で前向きな今回の発表者たちは、一視聴者として聞いているだけでも魅了される人柄だった。何か面白いことをやってくれそうというワクワク感と、新しいことへの挑戦を一緒に味わいたいという機運が、あちらこちらのコミュニティで生み出されているのは頷ける。そんな気質を持った人は、日本のあちこちにいると思いつつも、横浜にはちょっと多いのかもしれない。

この気質が横浜独自のものであり他の地域は真似できないという落とし込みをするよりは、チャレンジ精神を持ち、オープンに物事をとらえ、多様性を受容することが、リビングラボには大切な要件である、と言ってみたいと思う。

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横浜熱は冷めやらず、今後、横浜繋がりで何かできたら嬉しいものです!乞うご期待。

参照

特集企画「地域循環型経済を実現する横浜の公民連携~リビングラボとサーキュラーエコノミーplus」の映像一覧
第1回「サーキュラーエコノミーと地域循環型経済」
第2回「養蜂を基軸としたサーキュラーエコノミーによる団地と農の再生」
第3回「リビングラボで形づくる地域循環共生圏」
第4回「フードループで実現する地球環境にも人にも優しい共生社会」
第5回「ヘルスケアの革新と誰一人取り残さないDX」

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