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1. デンマークの大学とその特徴

文責:安岡美佳・内田真生

はじめに

デンマークの学校は基本的に全て国立で、大学は8校のみです。8校以外にも英語訳や日本語訳で大学とされることもあるビジネスアカデミ(Erhvervskakademi)やカレッジ(Professionshøjskole)があります。教育機関の切り分けは日本とは少々異なるので、全体像がイメージがしにくいもしれません。8大学以外の高等教育機関は、いわゆる職に直結する専門教育プログラムを提供する専門学校と考えて良いでしょう。例えば、カレッジでは、看護師、教師、介護士、エンジニア、プログラマなどの養成をしており、より実践的な内容が提供されます。学士や修士に相当するプロフェッショナル学士と呼ばれるライセンスを取得することができます。自分が追求したい専門性が決まっている人にとっては、より実践的な技術が学べ、高い確率で希望の職に繋がる場所となっていますが、取得ECTSも限定され、大学学士資格とは異なります。ビジネスアカデミやカレッジを卒業後、海外の修士や博士を取得したいときにはちょっと面倒な手続きや追加教科取得が必要になるケースが多いようです。

ECTS: European Credit Transfer and Accumulation System ヨーロッパ各国で共通に用いられる大学の単位制度

ビジネスアカデミ(Erhvervsakademi)

デンマークには、地方自治体管轄となっているビジネスアカデミ-が9校あります。ビジネスアカデミの教育プログラムは、より実践的な内容を学習し、インターンが重視される2年間の短期学習プログラムです。企業の支援を受けたプログラムも多々あり、産業界との連携も密に行われています。勉強をして現場で活用できるスキルや知見をつけて、すぐに産業界に入って働いてね!という国のメッセージが聞こえてくるようです。
-  The Copenhagen School of Design and Technology
- Zealand Institute of Business and Technology
- Danish Academic of Business and Technology
- IBA International Business Academy
- Lillebælt Academy
- Copenhagen Business Academy(KEA)
- EA Business Academy SouthWest
- Business Academy of higher education MidWest
- Business Academy Aarhus

カレッジ(Professionshøjskole)

さらに地方自治体管轄のカレッジが7校あります。カレッジでは、もう少し長めの就学期間になり3.5年から4年の専門プログラムが提供されます。多くのプログラムで実習が半分以上を占めます。実践的なスキルを身につけて早く働き始めて欲しいというメッセージを感じます。
- University College Copenhagen
- University College of Northern Denmark
- University College South Denmark
- University College Lillebælt
- University College Absalon
- VIA University College
- Danish School of Media and Journalism

2018年には、Lillebælt AcademyとUniversity College Lillebæltが合併しUCLが開設されるなど、ビジネスアカデミとカレッジの合併が見られるようになり、ビジネスアカデミとカレッジの境は次第になくなってきているようです。

デンマークの8大学

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(図1:デンマーク高等教育省資料より抜粋)

一般的に日本人がイメージする「大学」は、次の8校です。8校だけ?と思うかもしれませんが、人口580万人で九州ほどの広さのデンマークに8校の国立大学があるというのは逆に多いようにも思われます。3年間の学士課程、2年間の修士課程、その後3年間の博士課程が教育プログラムとしてあります。2007年に大学改革があり現在の8大学の形にまとめられました。現在の大学は、次のようになっています。

コペンハーゲン大学 University of Copenhagen
オーフス大学 Aarhus University
南デンマーク大学 University of Southern Denmark
ロスキレ大学 Roskilde University
オルボー大学 Aalborg University
デンマーク工科大学 Technical University of Denmark
コペンハーゲンビジネススクール Copenhagen Business School
コペンハーゲンIT大学 IT University of Copenhagen

コペンハーゲン大学、オーフス大学は、いわゆる日本の旧帝大のような位置付けです。ちょっと気取っていてしかも権威がそこかしこにあるようなイメージです。だからこそ、実践的なことよりも理論的な研究者がちょっと強いイメージもあります。例えば、コペンハーゲン大学のコンピュータサイエンスの学科は、ロジックなどの理論系が多くプログラミングなどをあまりする人がいない印象があります。オーフス大学のコンピュータサイエンスは、科学コミュニケーション系や哲学系が多いイメージです。実践的なコンピューターサイエンスは、デンマーク工科大学、コペンハーゲンIT大学でより見られるようです。あくまでも安岡の個人的意見です。
デンマーク工科大学は、1829年設立の旧ポリテク。そのほかの欧州のポリテクと同様、いわゆる実学的な教育を行なっていたエンジニアリングの学校ですが、今では、欧州のエンジニアリング大学のランキングにも頻繁に登場するデンマークが誇る高等教育・研究機関になっています。産業界との連携も多く、一方で事務手続きの煩雑さなど古い大学の弊害も見られています。コペンハーゲンビジネススクールは、1917年設立のビジネススクールですが、社会民主主義国家デンマークでビジネスがそれほど日の目を見てなかったためか、20年ほど前まではそれほど注目されていませんでした。専門学校に毛が生えた程度と考えられていたのは有名な話。ただ、近年は西欧でも注目されるビジネススクールに成長し、国際色豊かになっています。コペンハーゲン IT大学は、1999年に政府の鳴り物いりで作られた単科大学。社会におけるITの利用を研究するための大学として、芸術や音楽や舞台などの学士を持った人などが入学してくる変わり種。近年のコンピュータ技術者養成の波を受け実践的な内容の授業が多くなっています。南デンマーク大学は…すみません、あまりイメージがありません。

ロスキレ大学とオールボー大学

今回特に注目したいのは、ロスキレ大学オールボー大学。デンマークの大学8校の中で比較的新しい大学で、ロスキレ大学は1972年、オールボー大学は1974年に設立されています。この2校は、いわゆる60年代の学生運動に起因する新設大学だということで、しばらくの間、伝統校からはヒッピー大学と揶揄されたりしていたようです。当時の学生たちは、大学教授という権威に牛耳られている非民主主義な伝統的大学(主にコペンハーゲン大学オーフス大学が槍玉に挙げられていたらしい)を変革する必要があるとし、大学において学生の影響をより高め、さらにフレキシブルな教授法を活用することを目指したということ。ロスキレ大学やオールボー大学で進められたのは、伝統的な教授から生徒への大教室での一方的な知識伝達ではなく、個人の主体的な取り組みが重視されるグループでのプロジェクトを基盤とした学習方法です。そして、多様性を求めたグループプロジェクトから、アングロサクソン系とは少々異なるデンマーク発の学際研究のルーツが見られます。このロスキレ大学やオールボー大学で始まったグループプロジェクト学習の方法は、アクティブラーニングの思想に深く繋がっていきます。

グループプロジェクトをベースにし、多様性を確保した学際的な学習方法アクティブラーニングの考えは、当時は、多くの権威からの批判や議論を巻き起こしたのですが、面白いことに、現在のデンマークの大学では高等教育学習法として広く活用され、基本的かつ不可欠な「学び」の姿勢とされています。さらに、このグループプロジェクトやアクティブラーニングに代表される主体的な学習は、今や小学校を含めた初等教育にまで浸透していて、その影響力や浸透度は計り知れません。今では、デンマークでは、グループプロジェクトは、学習における空気か水、あって当然の存在になっています。

アクティブラーニング

そもそも、アクティブラーニングとは、どういうことをいうのでしょうか、デンマークの定義を改めて見てみたいと思います。一般にアクティブラーニングは、「学習者が自身の活動を通じて学ぶ」という学習方法です。学習プロセスとして、学習者の主体的な活動(研究、意思決定、記述)が必須です。理論的な要素には、学習者自身が経験を通じて振り返りを行うことで学ぶ「経験学習(Experiential learning)」や「グループ学習(Group-Based Learning)」などが含まれます。また、これら幾つかの要素を組み合わせた「課題解決学習(Problem Based Learning)」という方法もあります。いずれにせよ、その前提となっているのは、前項の成り立ちからも示唆されるように、権威の下の学習ではなく相互扶助的なコミュニティ学習が中心となっています。つまり、学びに参加する人たちが「平等」であること、互いに尊重し合う環境でともに学ぶこと、コミュニティーに貢献することがアクティブラーニングの前提です。そこでの教師の役割は知識を伝達する人というよりは、適切な時に適切なアドバイスを与えたり、振り返りを促す適切な質問を投げかける一人のグループメンバーという位置付けです。

アクティブラーニングの特徴として、プロセスの重視がまず注目されます。何を学習によって得られたか、学習の過程で何を学んだかのかが重要であるとされ、経験に基づく振り返り(reflection)振り返りのプロセスが、時にはアウトプットよりも重視されます。

アクティブラーニングの形式は複数あり、目的に合わせて多様にデザインされています。対となるデザインの要素の例として、教科中心型と課題解決型演習重視とプロジェクト活動重視自主学習重視とコラボレーション重視単一教科と学際的、理論重視と演習重視などがあります。また、対となる要素のどちらに偏っているか、その度合いによっても特徴が変わります。

グループワークに焦点を当てた場合、学習の主体者とグループ内の学習者数を使って形式を識別することができます。それを表したものが図2の「アクティブラーニングの形式」です。この図では、縦軸が学習の主体者、横軸が1グループの学習者数になります。アクティブラーニングは、学習者主体の学習方法なのですが、「主体」の度合いは様々です。例えば、教える側の教師や講師が取り組む課題や学習の進め方を決定する場合、学習者はその枠組みの中で主体的に学習することになります。この場合の学習の主体は教える側になります。逆に学習者が学習の主体であることを重視した場合、取り組む課題から最終的な学習成果までの全てを、学習者自ら決定します。次に「グループ」についてですが、その人数は2-3名によるものから40人以上のクラスを示す場合まで多様です。授業や講義の中で、生徒が与えられたクイズを解く時、近くのメンバーと話し合うことをグループワークと呼ぶ人もいます。

教える側主体の学習
①演習 Practice assignments:教える側が準備した課題や事例に対し、学習者が個人的に取り組むこと。
②講義中の学生活性化学習 Activating students in lectures:講義の中に、学生が主体的に取り組む活動を導入すること。例として、オーディエンスレスポンスシステムの利用、学生の小グループによるディスカッション、ピアラーニングなど。
③シミュレーションゲーム Simulation games:学習者が学習するテーマについて、その背景を理解しながら、理論の適応や意思決定を行うこと。その方法は、ボードゲーム、ロールプレイからバーチャルリアリティーを使った学習まで幅広い。
④グループ作業 Group assignments:教える側が準備した課題や事例に対し、学習者がグループで取り組むこと。

学習者主体の学習
⑤プロジェクト形式学習 Project Organised Learning:広い意味を持つ言葉。学習者がプロジェクトに取り組みながら、ターゲットとする理論や学際的な知識について学んでいくこと。Know-Howに重点をいたデザイン志向(design-oriented)とKnow-Whyに重点をおいた課題志向(problem-oriented)に分類できる。
⑥課題解決型学習 Problem Based Learning:学習者を主体とした、課題から始まる学習方法のこと。
⑦研究会 Study groups:あるテーマについて有識者や興味を持った人が集まり、学習する組織のこと。

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図2. アクティブラーニングの形式
(Dahms, M. (2012). How to implement PBL? - Strategies for change. Aalborg University 学習資料をもとに筆者が翻訳)

例えば、筆者(安岡)の受け持っているコンピュータサイエンスのグループプロジェクトでは、プログラミングを各自が規定量書くことが条件となっているものの、実際のレポートや口頭試問の評価基準は「プログラミングが機能するかどうかは問題ではない(もちろんシンタックスエラーとかは論外ですが)。何を考え議論できるかが重要」であるとされます。アクティブラーニングの本質とは、そういうものかとなんとなくわかった気になりませんか。

ざっくりと同じ方向性を向いているロスキレ大学とオールボー大学のアクティブラーニングと学習モデルですが、それぞれ特徴もあります。次の記事2.ロスキレ大学とオールボー大学の学習モデルでは、その特徴や違いをみていきたいと思います。

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