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テレワーク推進は働き方改革につながるか〜コロナ禍におけるテレワークの社会的影響調査から考える

この半年、学生と「コロナ禍におけるテレワークの社会的影響」に関する国際文献調査を行なってきた。対象としたのは全世界から報告されているテレワークに関する研究論文だ。世界的にテレワークについてどのようなことが言われているのかを収集し、デンマーク的視点から分析した。

結果、テレワーク推進は必ずしも働き方改革にならないし、働く環境を悪化させることにもなり得てしまうということが明確に示されている。コロナ禍が収束した後のテレワーク実施は、各組織において、科学的分析に基づいた組織や人の成熟度を鑑みて実施されるべきで、日本でも、デジタル化だ!DXだ!テレワークだ!との掛け声の元、単に「テレワークに移行しよう」といったような動きにならないことを切に願っている。

文献調査方法

文献調査では、PRISMAに基づいた文献抽出などをきちんと実施した。抽出された266件から、スクリーニングをとおして39論文を分析した。ちなみに、日本の研究は引っかかってこず(英語査読論文に絞ったためだろう)、残念極まりない。

ちなみに、本研究では、テレワークを「オフィス以外の場所で働くこと」と定義して、英語圏で一般的にも使われることの多い家から働く(working from home, WFH)という言葉を使っている。テレワークには、そのほかにも在宅勤務、スマートワーク、リモートワーク、テレコミューティング、遠隔ワークなどという言葉も使われている。

WFH(working from home):  People work in a location other than the office.
同意語: smart working, remote work, telecommuting, telework and distance work

査読中の拙論より

テレワークの利点と欠点

多くの人が想定されるだろうことであるが、テレワークには、もちろん欠点と利点がある。トップ3を挙げると、利点としては、移動時間の短縮・ワークライフバランス・フレキシビリティーが、欠点としては、心の健康・身体の健康・仕事での人間関係が抽出された。マイナーではあるが、もちろんそのほかの利点・欠点も多々抽出されている。リモートで、「仕事がより捗るようになった」「より効率化した」という組織としても個人のやりがいから考えても非常にポジティブな報告がされてもいるし、リモートワークに向いていないと思われるような分野(例えばホテルなどのホスピタリティ分野・図書館サービスなど)であっても「リモートで業績をあげてきた」という例も見られれば、「コロナ禍で男女平等が進んだ」という報告なども見られる。

世界はハイブリット型へ

全体的な傾向からは、今後の欧州、特にデンマークをはじめとした北欧の未来の働き方「ニューノーマル」は、ハイブリット型に移行していくだろうということが読み取れる。この傾向は欧州ではとくに顕著だが、おそらく米国も今後そのようになっていくだろう。そして、この結論はデンマークの視点から見ると、非常に妥当な結論に思える

そして日本のテレワークは?

しかしながら、これを日本にも当てはめられるかというと簡単には行かないし、今後、そのような論調が出てきた際に、日本はホイホイ乗ってしまってはいけないと思う。ハイブリッドという働き方が組織や働き手を幸せにするかどうかは、社会文化的状況に大きく左右されることが、少ない証左だけれども示されているからだ。

働き手を守る法律があるか?心身を支援する仕組みがあるか?

たとえば、働き手を守る法律や施策がなければ、組織の論理が主眼となり、簡単に働く人たちの希望からは遠ざかるような仕組みとなるだろうことが予想される。

デンマークでは、リモートワークに移行した際に、企業が働き手の心身の健康を考慮し、無料でスクリーンなどの機器が貸与されたし、ランチの支援や、心理カウンセラーの紹介なども積極的に行われた。これはデンマーク企業の動きとしては、なんら不思議なことではない。というのは、パンデミックの流行以前から、身体に合わせた昇降デスクの設置の義務化がされていたり、仕事中の怪我や疾病防止に最大の配慮がされ、何らかの体調不良には保険適用がされるなど(日本のように仕組みはあるけれども誰も使えないというのとは異なる)、病欠を減らすための涙ぐましい企業努力がされてきていたからだ。

さらに個人の裁量権が高く働き手が「信頼」されているデンマークでは、アウトプットはきちんと出す必要があっても、出社・退社のタイムスタンプもほぼなく(あったとしても厳密ではない)、管理や監視がそもそもされていなかったため、リモートになってもその状況は変わらない。

これらの法律的・社会的保証組織と個人間の信頼がない状態で、個々の努力でリモートに移行せよと言われても、自腹を切ってホームオフィスを整える必要があったり、仕事での制約が高まる(例えば24時間PCの利用状況の監視など)という状況であれば、得するのは企業側だけ、もしくは誰も得しない。

物理的法的インフラが整っている国(例えばデンマーク)では、コロナ禍以前からリモートワークが一部活用されてきていたし、テスト的なことは実施されてきていたので、一般に遠隔は困難と言われるような分野、例えば教育や医療などでもすぐに遠隔体制に移行することができた。遠隔医療なんかはそれほど進んでいなかったが、コロナ禍という特別な状況で、以前から障害となっていた社会的・心理的制約が軽々乗り越え越えられたことが大きい。まさにコロナ禍が役立った。しかし、そのようなインフラが整備されていなければ、リモートに移行することで敷設コストや時間のやりくり・リソース不足で苦労するのは現場であり、弱い立場にいる働き手は、より困難な立場に置かれるだけだろう。

終わりに

単に「テレワークは今後広がるだろう」、「テレワークは働き方改革になる」という理想論ではなく、その社会文化的背景が同時に分析されることが必要なんだろうなと思う。特に、日本の社会的状況を無視して、海外の動きや理論を鵜呑みにしてはいけない。さらに、日本でテレワークの物理的なインフラが整い、社会的に認知されるという段階になったとしても、注意が必要だ。法律で利用が規定されることなく、また、組織と働き手の間に「信頼」が存在しないのであれば、その場凌ぎの対策や、なんちゃってリモート体制があふれるだけだろう。

Photo by Charles Deluvio on Unsplash

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