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北欧女性が電子社会のためにしてきたこと

本エッセイは、2014年WINGで発表したものを再編集したものです。多様な人が住みやすい社会を作るためには、他人任せではなく個々が声をあげていくことが重要だと考えています。そんな風に思えるようになったのは、女性・母親・働く人として生きる上で便利で気を張らずに済む仕組みが、北欧の社会には埋め込まれていることを、毎日の生活で感じるからです。なぜ、そのような社会が作られたかには、さまざまな切り口から考察できるだろうけれども、多様な人が声をあげ、行動することは、その出発点として重要なことだろうと考えます。

あらまし

北欧諸国は、近年、電子社会指数、イノベーションの分野で高い国際競争力を示している。本エッセイは、その力の源泉を、女性の社会進出という視点から考察してみるものである。

北欧は、女性が6-70年代に社会進出を進めたことを契機に、男女ともに働きやすく家族が暮らしやすい社会を求めてきた。男女が共に働きやすいように、男性主体のビジネスのルールに女性の知見が加えられ、今までの常識が改変されていった。偶然にもITの分野に進出した女性は、女性の知見を北欧におけるITの発展に生かすことになった。

そして現在、北欧において、IT分野以外で活躍する女性をはじめとした多様な人々は、社会のインフラとなったICTを活用し社会のルールづくりに大きく関わり、社会の隅々にまで影響を及ぼす存在となっている。多様な人たちが共に働き、働ことだけではなく家族生活も重視する社会を達成するには、包括的な社会システム全体の最適化が求められ、社会・政治・経済を巻き込んだグランド・デザインが欠かせない。そこには多様なニーズを持つ人たちの異なる視点が求められ、右脳的視点と左脳的視点が必要であり、論理的思考とデザイン的思考が不可欠になってくる。

創造性やイノベーションは、分野の境目で誕生するといわれる。異分野・異文化の知見など、多様性を活かすことの出来る参加型デザイン社会がイノベーションをもたらすことのできる社会と考えるならば、異なる視点や切り口を提供する女性を活用し、異分野・異文化の最たるものである「男女」の思考の違い、もっと広い多様性を生かすことのできる参加型デザイン社会は、イノベーションの源泉となるだろう。多様な人たちを社会でうまく活用できている北欧諸国が、高い国際競争力を享受できているのは偶然ではない。

はじめに

北欧諸国は、21世紀に入り、社会におけるICT活用、イノベーションの分野で高い国際競争力を示すようになってきた。ICTに関連する法整備、ブロードバンドの敷設、ICT利用者の全国民に対する割合、情報社会進展度、電子政府進展度など、特に社会におけるICT利用分野での競争力が高い[1] 。例えば、World Economic Forumの世界ITランキング調査(Global Information Technology Report)では、142カ国中日本は21位の2013年調査で、フィンランド1(3)位、スウェーデン3(1)位、ノルウェー5(7)位、デンマーク8(4)位と北欧諸国が上位を占めている[2] 。Global Innovation Indexの2013年度調査では、スウェーデン2位、フィンランド6位、デンマーク9位、アイスランド13位、ノルウェー16位、そして日本22位となっている。この様々な指標に顕著に見られる北欧社会におけるICT活用、イノベーションの分野での高い国際競争力の源泉はどこからきているのだろうか。本論では、それを女性の社会進出という視点から考察してみたい。

まず、女性の社会進出の歴史、それによって生じた社会の変化、政府主導の法整備など女性の社会進出支援の取組みを、デンマークの事例を中心に2章で示す。次に、3章でイノベーションや創造性理論に関する知見を元に、女性進出とICT活用、イノベーション分野での高い国際競争力との関係を論じてみたい。最後に4章で、女性の社会進出の観点からの提言でまとめとしたい。

2. 女性の社会進出と社会基盤の変化

北欧がなぜ世界的にイノベーションやICT活用、ビジネスのしやすさで世界トップレベルと成りえているのか、経済を維持できているのか、理解しがたいと感じる人は多い。北欧の一つであるデンマークを見てみると、所得税は最高59%と高額であるとはいえ、男女ともに70%強が職を持ち、通常週37時間(1日7.5時間労働で、週5日)程働き、年間6週間の休暇をとる。教育・医療は無料であるし、万が一失業した場合も失業手当が2年間支給される。平均的なデンマーク人は、夕食は家族揃って取り、日照時間の長い夏場などは家族や友人とスポーツをしたりのんびり過ごす。WHO世界保健統計に拠ると、4カ国とも特殊合計出産率は、1.9で、先進国中で常に上位である。出産・育児休暇も充実し、デンマークでは10ヶ月、スウェーデンは男女合わせて480日(男性クオータ60日、男性が取得しない場合は、権利が消滅する)で、育児休暇中は、多くの場合給与の8割ほどが支払われる。
このような生活でも経済を維持可能にしている理由として、すみずみまで行き渡る効率性、合理性、柔軟性、結果主義などが挙げられる[3] が、このような社会は、女性の社会進出を契機に戦後形作られたものだ。いったい、どのような経緯を経てきているのだろうか。

2.1.女性の社会進出

フィンランド1906年、ノルウェー1913年、デンマーク1915年、スウェーデン1919年に女性に選挙権が与えられ、女性の社会進出のきっかけとなった。デンマークを見てみると、60年代に、戦後の労働力不足から、国の生き残り戦略として労働力確保のニーズが高まり、労働移民の大幅な受け入れが始まると共に、女性の就業率も上昇する。同時に、女性が自分で人生設計を行うという意識が高まり、66年には避妊ピルの合法化、73年には堕胎合法化など、女性の社会進出を後押しする法律の整備が進められていく。その後80年代には、離婚の増加、出生率の低下(1983年史上最低1.38)が見られるようになるが、女性の就業率は68.1%と現在のレベルに近づき、デイケア施設の増設、育児後の女性の仕事復帰進展などの社会環境の整備が進むのもこの頃である。出生率は1997年には1.75にまで回復し、2007年には、第一子出生年齢の高齢化(29歳)が見られるものの、出生率は1.85にまで上昇している。女性の社会進出を達成させつつ、出生率も回復させた先進国のお手本ともいえる。2014年現在、男性就業率75.9%、女性70%と、男女ともにほぼ同レベルの就業率となり、離婚率45%、出生率1.9弱となっている。

この時代のデンマークは、社会的にも産業的にも大きな変化があったようだ。男女の社会進出がほぼ現在のレベルに達した8-90年代には、農業などの第一次産業からの脱却、経済進展などの影響で、労働時間の減少、生活の余裕が見られるようになり、家族との時間を楽しみ、6週間の長期休暇が一般化するようになる。過去50年間の女性の社会進出に伴う変化の中で、私も最も興味深いと感じるのは、社会のあらゆる場に男性も女性も入り込むようになった点だ。例えば、現在でも、男性中心・女性中心の職場などは依然みられるとはいえ、旧来より女性の職場と見られてきた保育・看護などの分野に男性が進んだり、同様に男性が多数を占める分野に進出する女性も見られるようになってきている。北欧の社会では、男の仕事も、女の仕事も区別しない。旧来の女性の仕事が「社会全体が担う仕事」となり、商取引、事務、家計、育児、介護など、あらゆる分野において、男女が共に関わる。

偶然にもITの分野に進出した女性は、その女性の知見を北欧におけるITの発展に生かすようになった。現在の北欧社会を理解する鍵は、一方の性の論理で形作られていた60年代の環境から、男女が共生しやすく、男女両方にとって利益をもたらす新たな社会の論理で社会環境が形作られるようになっていったことではないだろうか。たとえば、女性の出産・育児などにともなう1年程度の長期離職への企業の対応、乳幼児・子供のいる同僚へ配慮するビジネス文化、デイケア施設の充実につとめる政策などにこの影響がみられる。女性の社会進出がもたらした重要な変化とは、女性が既存のビジネスの舞台で活躍するようになったというよりは、社会におけるゲームのルールが変わったことだと思う。

2.2社会の変化

では、どのようにゲームのルールに変化が見られたのか、仕事環境の変化、家庭環境の変化という視点から、さらに法律や政治的判断といった外部強制力から、現在の北欧社会を概観してみたい。

2.2.1. 仕事環境の変化

北欧女性の社会進出において、女性運動の影響が取り上げられることが多いが、その意義は確かに大きいのだろう。フェミニズム運動に象徴されるように、北欧女性は「強く」なり、現在の地位を「勝ち取った」といわれる。権利を獲得した女性たちは、その権利を積極的に行使し、それまでの男性の論理で構築されていた働き方に異議を唱え、子どもを迎えに行けるように会議時間を変更するように要求する強い意志を持っていた。しかしながら、女性たちの強い主張もすぐに受け入れられた訳ではない。北欧の歴史を見てみると、強い意思があったとしても、その時の常識と異なることには反撥は避けられず、世代交代を経て初めて常識として社会に定着していくことも多いことがわかる。

しかしながら、現在、仕事環境におけるルールは変化し、より変化に富むライフステージを折々のニーズに応じて選択できるようになっている。一定期間離職しても復帰が物理的にも精神的にも可能になる仕組みや、その時々の家庭のニーズに合わせ時短を可能にしつつも、社会のセーフティネットから抜け落ちない仕組みが構築されているのだ。60年代に就業した女性の多くは、子どもの施設への迎えに間に合うような職についていたが、現在の女性はその必要はない。デイケア施設は17時に閉まることがわかっているため、ビジネスにおける16時以降の会合は極力避けるといった社会のコンセンサスが生まれるようになったためだ。また母親ではなく、父親が迎えに行くこともできるし、友人同士が協力して子どもをまとめて迎えにいくこともできる。

英国の研究者グラットンによると、2050年には、長寿社会を迎え、人の就労期間が伸び、男女ともに一定期間離職したり、ボランティアなどの活動をしながら過ごすギャップイヤーを過ごしたり、全く職種へのシフトを繰り返しながら、キャリアを積んでいくようになるという [4]。より変化に富むライフステージが可能になる社会は、女性ばかりでなく男性の生き方をも広げる、男女ともに生きやすい社会となるのではないだろうか。

2.2.2.家庭環境の変化

女性が労働市場に出ることで、今までの女性が主に担ってきた家庭の仕事の一部は「社会の仕事」となり、残りの部分は男女で分担する必要がでてきた。男性と同時間働く女性が食事作り、掃除、ゴミ捨て、子どもの送り迎えなどの家事全てを一手に引き受けることは、物理的にも精神的にも無理がある。安定した収入を得て自立するようになった女性は、より意見を主張するようになり、不満を感じる結婚の解消をいとわなくなった。家事や子育て分担への不満は、近年の離婚率上昇の要因の一つとも言われる。

現在の北欧社会では、子どもを抱える男女は特に、仕事の時間が終わったら自宅に直帰する傾向が強い。これは、家での仕事分担が待っているからであり、子どもを見る必要があることが要因の一つだ。家庭におけるルールが変わり、女性が中心になり家事をする必要も社会的プレッシャーもなくなった。現在は、家庭によって様々だが、家事を一手に引き受ける男性もいれば、平等に分担するカップルもいる。

これら仕事環境、家庭環境の変化をもたらしたのは、女性の意思のみの力ではなく、社会全体の意識の変化も大きな役割を担っている。変化には一定の時間が不可欠だとはいえ、現在の北欧を見ると、時代とともに人びとの認識や常識は変わって行くことが顕著に示されているといえる。

2.2.3政治的強制力の影響

北欧4カ国の現状をみると、変えようという人びとの意思は確かに重要であるものの、それぞれの国には細かな違いがあり、それらは政策や法律といった外部強制力の違いから生まれているようだということがわかる。意思の力時間の流れ、さらに政治的・法律的な強制力が北欧の現状を構築してきたようなのだ。

デンマークでは、男性の育児休暇取得の強制力がないため取得率7.4%(2013年)と低迷しているが、スウェーデンでは、男性に割り当てられた育児休暇60日分は女性が代わりに利用することが出来ないため、男性の育児休暇取得率は25%(同)と高くなっている。女性起業に関しても同様のことがいえる。起業はイノベーションの源泉であり、起業率が低い女性を対象とした支援が不可欠であるという認識がOECDのレポート[5] などで高まったことから、他国に先駆けて北欧では積極的に政府が介入し、女性起業家の育成が進められている。資金提供やセミナー提供など女性起業支援団体が構築され、1987年から公的支援が実施されているフィンランドでは男性6%に対し女性4%と一定の成果が見られ、現在も支援プログラムが続けられている。スウェーデンでも、2004年から特別女性起業プログラムが組まれ、女性起業家を全起業家人口の40%に上げるという目標のもと、各地でセミナーや起業相談、資金提供を実施している[6]。ビジネス分野でも同様に法的強制力が効果を上げている。ノルウェーは、2003年女性役員比率を上げるため取締役会の40%を女性とするクオータ制を導入し[7]2008年に達成された 。

1. ノルウェーのクオータ制度では、無理矢理役職を新設し女性をあてたに過ぎないと批判が見られる。また、デンマークでは、逆差別の問題が指摘されることが多くなっていることから 、男女平等の視点から女性のみを対象とした起業支援は実施されずに女性起業家数の伸び悩みが他北欧諸国に比べて遅々として進まないといった課題がある。

どの例においても、強制的に男女分担を割り当てているのだが、「社会的に影響力をもつ」女性の絶対数が増えることは、それなりに意味がある[8]。これは、影響力を持つ女性指導者や北欧の女性進出の歴史が証明しているだろう。批判はあるものの[9]、現在不平等が見られる分野において強制力が原動力となり、社会の常識に風穴が開けられ、30年後の世界が大きく変わる

3.女性社会進出とICT活用、イノベーション分野での高い国際競争力との関係

2章では、北欧では女性進出が進み、強い意思と主張、時間の経過、政治的強制力がはたらき、社会のあらゆる場に男女が共に共存することで、社会のルールが変わっていったことを示してきた。ここからは、今までの女性進出の歴史と現状を背景に、女性とICTイノベーションの関係について、考察してみたい。

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(KMDのCEO:Twitterより)

筆者は、女性が社会進出を遂げ活躍の場を広げていることが、北欧の突出したICT活用をもたらしたのではないかと考えている。統計上、デンマークのIT産業における女性上級管理職は、5年で倍増しているとはいえ約8%(2013年,2008年は4.3%[10]) に過ぎず、全体でも26%と大きな数字ではない。しかしながら、個人的な肌感覚では多くの女性が政府から自治体レベル、民間企業において社会におけるICT活用に関わる分野に関わっており、IT産業で活躍する女性の中には社会的影響力の大きい女性管理職も目立つ。たとえば、地方自治体5つのうちの都市部の1つの県のICTマネージャを努めるのは女性であり[4] 、大手ITシステムKMDのCEOも女性である[11] 。つまり、北欧では、あらゆる分野に女性が進出しているため、それぞれの分野で、女性の知見がICTの活用に生かせる環境にあるといえる。この章では、女性とICTの関係、さらにイノベーションとの関係について、それぞれ見て行きたい。

3.1.女性がいかにICT活用に貢献しているか

国際電気通信連合(ITU) 統計によると2013年度ICT普及度は、2 位から6位までスウェーデン、アイスランド、デンマーク、フィンランド、ノルウェーと北欧諸国が占めており[12]、レポートからは、北欧におけるICTは社会のインフラとなっていることがわかる。つまり、北欧における情報技術は機械科学の専門家が利用するものではなく、一般の人びとが毎日の生活に利用するものである。そのため、男性のニーズばかりでなく、社会のもう半分を構成する女性のニーズもそのアプリケーションや各産業のICT利用に反映される必要があるが、その女性のニーズを汲み取りICT活用につなげる基盤、つまりサービス提供側に必ず女性がいるという状況がすでに北欧では構築されているのだ。

たとえば、電子政府のアプリケーション開発の際、北欧において社会保障の一環である出産・育児、教育、医療など全ての項目がカバーされることが望ましい。たとえば、出産などに関しては、経験者がサービス開発チームにいるのといないのとでは、その質に大きな違いが出てくるだろう。事実、北欧(デンマーク)のICT関連の職種は、一般的なイメージとは異なり想像以上に多くの女性が活躍している。さらに重要なのは、企業規模に関わらず、今のICTを推進するマネージャ層にも女性が多々見られることだ。彼女たちは多くの場合、大学卒業後の20代からITに関わり、40年の長期にわたってITに関わるベテランであることも多い。男社会のイメージの大きいIT業界にもかかわらず、6-70年代に、なぜうら若き20代女性がIT業界に飛び込んだのか。想像にしか過ぎないが、デンマーク女性が社会進出した6-70年代に、注目され始めた新しい分野であるがゆえに、女性が働く職場として入りやすかったのかもしれない。その状況を示すかのように、北欧イノベーションセンターが発表したレポート「Women Entrepreneurship [6]」では、女性が最も進出している起業分野として、観光、医療、社会サービス、およびICTを挙げており、女性がICT分野に広く進出していることが見て取れる。

男女がともに合意できる社会のデザインがICTサービスとして実現され、社会基盤となることで、ICTを通して構築されるルールは、社会の隅々にまで影響を及ぼすことになる。男女ともに働き、かつ家族生活も重視するICT社会を達成するには、包括的な社会システム全体の最適化が求められ、社会・政治・経済を巻き込んだグランド・デザインが欠かせない。それを、一部の視点からのみで描けるものだろうか。グランド・デザインには、社会を構成する多様な人々の異なる視点が求められ、異なる人生ステージに対応した視点が不可欠になってくると、筆者は考えている。

3.2.女性がいかにイノベーションに貢献しているか

2001年のOECDのレポート[5]で、OECD諸国の中で高い国際競争力を示す国に共通する4つの要因として、人材,起業家、イノベーション、ICTが挙げられているが、この国際競争力の鍵の一つと見なされるイノベーションはどのようにもたらされるのだろうか。

従来の創造性研究において、創造性やイノベーションは、「分野、文化の境目で、創造的カオスがもたらされることで誕生する」[14] と言われてきた。フィッシャーらによる研究では、分野の細分化や情報の爆発の影響で、現代社会において1人が一生のうちに獲得できる知識には限界があり、複雑化する技術・社会・文化・経済の課題に取り組むには、協調作業が不可欠であることが指摘されている 。これらの研究からは、現在の複雑な課題を解決できるようなイノベーションを起こすには、複数の異なる知識分野の専門家が協力する必要があることが示唆されている[15]。しかしながら、分野や文化的背景の違う者たちが集い協調作業を行うことは、言葉、考え方、プロセス、ルール、常識の違いなどから、意思の疎通を図るのが困難で衝突は避けられない[16]。この異文化の問題に対する簡単な解決策はなく、異文化協調作業の重要性は理解されていても、実践に移されにくいという課題がある。

21世紀にはいってから、イノベーション研究はより一層の発展をみせ、多様性は創造性の障害ではなく、問題解決に欠かせない創造性の源泉であることが、具体的な事例からも明らかにされるようになってきた[17, 18] 。つまり、創造性を発火させるには、右脳的視点と左脳的視点、論理的思考とデザイン的思考が不可欠になってくるという論だ。意図的に異なる視点を持ち、異なる知識グループに属する人たちを招集してチームを構成させるようにするといった人材の戦略的配置を行うことで、創造性が刺激されると考えられるのだ。困難な点が多々予想されるとはいえ、イノベーションの源泉であることが証明されている方法をあえて使わないのは、もったいない。

異分野・異文化の知見など多様性を活かすことができ、多様性を持った人びとが集い課題に取り組む参加型デザイン社会がイノベーションをもたらすことのできる社会と考えるならば、異なる視点や切り口を持つ女性[13]を活用し、異分野・異文化の最たるものである「男女」の思考の違いを生かすことのできる参加型デザイン社会は、イノベーションの源泉となるだろう。北欧の男女平等社会は、北欧社会が世代間、性別間で衝突を繰り返しながら構築してきた社会といえる。その結果、男女の異なる知見が社会で生かされるケースもみられるようになった。男女の考え方やニーズの違いという困難に立ち向かい、合意点を見つけ乗り越えてきた北欧諸国が、高い国際競争力を享受できているのは偶然ではない。

4.さいごに

折しも、本論執筆の1月末(2014年当時)、日本のオンラインメディアで、公共交通機関での乳児の泣き声に関する議論が盛んになっている[13, 20, 21, 22]    。今の北欧社会では、公共施設で泣いている子どもを連れていても、表立って批判されることはほぼない。子どもは泣くものというコンセンサスができている。若年者は兄弟姉妹がおり、ティーンはアルバイトでベビーシッタを通じて子どもの面倒をみる機会が多く、2-40代は、子育てを自分がしているか、もしくは親近者がしているため、多くの男女が子育ての経験をしているといえる。老若男女関わらず、社会を構成する多数が、子どもは泣き止まない時は泣き止まないという経験を嫌というほどしていることが大きいと思う。私は、北欧で舌打ちされた経験が2度ほどあるが、どちらも老齢の男性によるものであった。

北欧の女性進出の状況を見ていて感じるのは、人の常識や認識を変えるには一世代ほどの時間が必要なようだということだ。時間は必要だが、変わろうとする意思があれば変わるということも理解できた。個人の意思と政治的判断や法律といった強制力、時間の経過のどれもが欠かせないが、社会はより良い方法に変わって行く。それを過去50年で北欧諸国が示してきたといえる。

北欧の全てを賛美するわけではないが、学べることは沢山あるとおもう。“デンマークは2050年までに再生可能エネルギーを100%にすることを目指しています。正直、どうすればそうなるのかわかりません。でもその前に「そうなりたい」というビジョンがなければ、何も進みません[3] ”と、近年(2014年当時)発表されたデンマークの野心的なエネルギー政策について、在日本デンマーク大使館のハンス・クリスチャン・カイ氏が述べている。これは、複雑性の高い課題解決へのデンマークの姿勢を如実に表していると思う。

日本の女性、IT、イノベーションを取り巻く環境は、非常に複雑性の高い困難な課題と捉え、早急に取り組む必要がある課題と位置づけると、このデンマークのアプローチは非常に参考になると思われる。北欧のやり方から学べるのは、やりたい未来を描き意志を持って実行し、政治的判断や法律で支援することではないだろうか。さらに、女性は、もっとしなやかにかつ強くなり、既存の論理(男性の論理で創られてきたもの)にそぐわないからといってあきらめず、自分なりのロジックをたて、自分の意見を主張し、今のルールを新しいルールに描き換えることを主導することが重要に思える。

参考文献

[1]デンマーク外務省ホームページhttp://www.investindk.com/Clusters/ICT [2] http://reports.weforum.org/global-information-technology-report-2013/
[3] 竹村 真紀子, 即断即決!デンマークの超「結果主義」東洋経済Online http://toyokeizai.net/articles/-/15670 2014/01/29
[4]リンダ・グラットン,ワークシフト–孤独と貧困から自由になる働き方の未来図,プレジデント社,2012.
[5]OECD, Beyond The Hype, 2001.
[6]DAMWAD, Women Entrepreneurship – A Nordic Perspective, Norden, 2007.
[7]OECD, 2009.
[8]シェリル・サンドバーク,リーンイン,日本経済新聞出版社,2013.
[9]安岡美佳,逆差別,女性が創る新ビジネス・市場,ジェトロセンサー,2014年1月
[10]Offentlig it-kvinde i top på mandeliste, Computerworld, http://www.computerworld.dk/art/52119/offentlig-it-kvinde-i-top-paa-mandeliste 2014/01/29
[11] It-koncernen KMD henter ny kvindelig topchef hos, Fyens DK, TDChttp://www.fyens.dk/article/2442389:Digitalt--It-koncernen-KMD-henter-ny-kvindelig-topchef-hos-TDC, 2014. 1. 21.
[12] ITU, Measuring The Information Society, International Communication Union, 2013, http://www.itu.int/en/ITU-D/Statistics/Pages/publications/mis2013.aspx
[13] ホリエモン「泣く子どもに睡眠薬」には「可哀想な母親アピールでOK?」2014.1.7, http://lite.blogos.com/article/77374/
[14] C. P. Snow,The Two Cultures, Cambridge University Press, Cambridge, 1993.
[15] G. Fischer, Symmetry of ignorance, Socially creativity and meta-design, Knowledge-Based Systems Journal, 13(7-8), pp.427-537.
[16] リチャード・E・ニスベット,木を見る西洋人 森を見る東洋人,ダイヤモンド社,2004.
[17] K. Sawyer, Group Genius, Basic Books, 2007.
[18] S. Page, The Difference: How the Power of Diversity Creates Better Groups, Firms, Schools, and Societies, Princeton University Press, 2007.
[19] アラン・ビーズ&バーバラ・ビーズ,話を聞かない男、地図が読めない女、主婦の友社,2002.
[20]霊長類学者の考察する「性的役割分担論」http://togetter.com/li/622341
[21]境 治, 「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」, ハフィントンポスト,2014.1.23,http://www.huffingtonpost.jp/osamu-sakai/baby-japan_b_4648685.html
[22]境 治, 「赤ちゃんにきびしい国」のつづきとか補足とか」,ハフィントンポスト,2014.1.27. http://www.huffingtonpost.jp/osamu-sakai/12_2_b_4671548.html


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