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コロナ感染追跡アプリがデンマークで受け入れられてないわけ

コロナの拡大を止めるべく、多くの国が感染追跡アプリを導入している。デンマークでも同様にコロナ感染追跡アプリがあるが、利用は予想外に伸びていない。市民のデジタル利用率は高く、デジタル社会が実現されていると言われるデンマーク、個人情報漏洩への懸念はそれほど感じてないとされるデンマークで、なぜ、利用が伸びてないのだろうか。市民は明らかに利用を避けている。その理由は、「プライバシー」だ。

デンマークでは、長年電子政府政策が成功した要因の一つとして、国と市民の間に信頼関係が構築されているからだと言われてきた。国民は国を信頼しているから、個人情報などを国が管理したり行政手続きに活用したりすることに不安を持たないのだと。個人情報は保護されており心配はいらないのだと。今回のコロナ禍において、コロナ感染追跡アプリの利用が伸びなやむという事実は、「信頼関係」のみではない他の要因に注目する必要があることを示したと言える。

デンマークのコロナ感染追跡アプリSmitte|Stop

デンマークのコロナ感染追跡アプリは、Smitte|Stopと呼ばれる。Smitte|Stopは、日本のコロナ感染追跡アプリCOCOAのように、近年のスマホの普及を背景に、感染拡大防止策として、感染者や接触者を追跡できるようにしたアプリであり、世界各国で導入されているもののデンマーク版である。感染追跡アプリは、大きく分けて2種類があるという。

A)GPSなどを用いて直接的に移動履歴をトラッキングし記録するものB)Bluetoothを用いて、陽性者との接触把握をする方法

B)は、同じアプリをインストールしている端末との接触履歴(日時、匿名IDなど)が記録されるもので、記録は一定範囲内の接触、一定期間の近接(15−30分)があった場合のみに作動する。接触データは双方の端末に記録されるが一定期間(デンマークでは14日ほど)陽性が報告されなければ、データは削除される。陽性者がわかった場合には、接触者に警告がいく。

この説明でも示されるであろうが、B)は位置情報は記録されない。デンマークで使われているものは、B)で、そのうちのAppleとGoogleが開発した方法をデンマークは採用している。つまり、「当局へ送信されるデータは陽性者自身の匿名IDのみであり , ユーザ個々の端末がサーバの陽性者IDリストに定期的にアクセスすることで、自分の端末に保存された履歴にマッチする情報があるかをチェックする仕組みになっている(2020年度版総務省情報通信白書)」のだ。

なぜ使われないのか

信頼関係磐石なデンマークで、何が要因でSmitte|Stopが使われてないんだろう?そんなシンプルな疑問から発し、昨年秋から冬にかけて、学生とインタラクションデザインの小プロジェクトを実施した。①基礎調査を実施し、②アプリインストールを行っていない15歳以上に質問紙調査を行い、③デザイン提案をおこなった。

2020年9月に政府統計をチェックした際には、15歳以上の市民の33%がシステムをインストールしていた。はっきり言って、アプリのインストールが広く全国民に行われないのであれば、このアプリは機能しない。そして、利用は十分ではなく、伸びてない。

オンラインの質問紙調査は、2020年10月から11月にかけて実施した。Facebookや個人のネットワークを通じて実施し、返答数は200弱だ。内訳は、54%が男性で45%が女性、回答者の年齢は15歳から74歳までと幅広いが、20ー30代の回答が目立つ。解答者が若者によっていることも影響しているだろうが、約94%がアプリを認知し、そのうちの83%がアプリを利用していた。では、ダウンロードしていないと言った人たちの理由はなんだったのだろうか?

別のオンライン調査や政府の調査レポート、我々のインタビューで分かった「使いたくない理由」は、2点に集約される。多くの非利用者は、政府やアプリの提供者である企業(Netcompany)が個人情報を収集したり悪用するのではないかと懸念を感じてる(信頼していない)、また、個人の位置情報を把握することへの抵抗感を感じていることがわかった。そのため、「使いたくない」と、利用を控える傾向にあった。正直、この心配は杞憂に過ぎないのだ。デンマークのSmitte|Stopは、GPSを用いたシステムではなく、また情報も匿名化され、一定期間がたつと削除される仕立てになっている。また、このNetcompanyは、デンマークの公共ITサービスに深く関わっていて、医療や金融や教育などのありとあらゆる分野でIT関連サービスを提供している公共組織ともいえる企業だ。この20年間ありとあらゆる利用データを供給しておいて、いまさら何を恐れるんだろう。

信頼関係ってどうつくられるんだろう

「信頼関係」は、長い時間をかけて構築されるものだ。今回のような少々ヒステリックな感染症拡大の状況で、デジタル先進国デンマークの人たちのアプリに対する認識や行動は、そのほかの国々とそれほど変わらなかった。つまり、個人情報の漏洩には不安を感じるし、ビックブラザーに自分のデータが悪用されることを懸念する。今回の事例で見えた "「信頼関係」のみではないデジタル利用を妨げる要因" としては、正確なデータ収集方法が認知されてなかったというコミュニケーションの問題慣れという時間の問題がある。あと直接的なメリットが感じにくい(強制力もない)という点。時間は経過することでしか解決できないが、おそらく、ブラックボックスになっているデジタルアプリの中身をよりわかりやすく見せ、仕組みをうまく説明できるかどうかという、デザインで解決できる部分が鍵になっていたように思える。

ちなみに、初期の頃見られていたシステムエラーやGPSで個人の行動がトラッキングされるというような噂は今は影を潜めつつあるし、2021年3月現在50%弱がアプリを使うようになっている。エラーや問題は適切に処理され、プロセスが透明化されることで、デンマークの感染追跡アプリは、少しずつ信頼を獲得していくだろう。ただ、CPRやデジタルポストのように強制力はないし、目立ったメリットもないから、きっとこのまま低空飛行なんじゃないかと思う。このデンマークの事例に学べることはなんだろうか。

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