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[手紙] ラヴェル最後の手紙 (1937.10.29)

音楽も生き方もエキセントリックだったフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル。友人や家族に宛てた手紙、他の作曲家についてのコメント、レクチャーやインタビューなどシリーズで紹介します。
ファンタジー小説、評伝、ラヴェル本人の残したものの3部門で構成されるプロジェクト「モーリスとラヴェル」の中の一部です。

エルネスト・アンセルメ*への手紙

親愛なる友へ

あなたの迅速な決定にどれほど心打たれたか、言い表せません。あなたの自制心によって、わたしにとって大事なプロジェクトが実現しようとしています。心からの感謝の気持ちを言わせてください。

わたしの知るかぎり、ジャック・フェヴリエは目下、わたしのコンチェルト(左手のためのピアノ協奏曲)を即座に、充分な力量で演奏できる唯一のピアニストです。あなたにもご理解いただけると思いますが、いくつかの理由で、アルフレッド・コルトーの名はあえてあげません。コルトーは、時期は知りませんが、この曲を演奏することになっているそうです。

しかし3週間の遅れが許されるのであれば、11月末にはジャック・フェヴリエがアメリカから帰ってきますので、いつでも都合の良いときに、喜んであなたとコンチェルトを演奏すると思います。あなたの卓越した指揮のもと、フェヴリエはこの作品を楽しんで演奏することでしょう。そしてジュネーブとローザンヌのあなたの聴衆に対して、感謝の気持ちを表すでしょう。この提案をあなたが受け入れてくれることをわたしは信じています。

あなたに対するわたしの更なる友情の気持ちを受けて、どうぞわたしを信じてください、親愛なる友へ


モーリス・ラヴェル

アービー ・オレンシュタイン編 "A Ravel Reader: Correspondence, Articles, Interviews"より

*エルネスト・アンセルメ:スイス生まれの指揮者(1883〜1969年)。スイス・ロマンド管弦楽団を1918年に創設し、68年に引退するまで同楽団で指揮をした。多くの楽曲の初演をし、この楽団を世界的なものに育て上げた。
アンセルメの写真:photo©ErlingMandelmann.ch(CC BY-SA 3.0)

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*アルフレッド・コルトーの件は、オレンシュタインの注釈によると、『左手のためのピアノ協奏曲』を両手で弾きたいとコルトーが申し出たことから衝突が起きた模様。ラヴェルはこれを受け入れ難いと感じていた。
アルフレッド・コルトー:20世紀前半のフランスを代表するピアニスト(1877〜1962年)。

*ラヴェルは晩年の数年間、(特に交通事故の後)記憶障害や言語症を起こしていたため、作曲することが難しかったと言われる。しかしこの手紙を見るかぎり、ラヴェルらしい繊細さや意志の強さがなくなったわけではないことがわかる。

『左手のためのピアノ協奏曲』について(モーリス・ラヴェル)
https://note.com/happano/n/n96454dd7c3cb

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↑ ジャック・フェヴリエ(左)とラヴェル(1937年)

ravel & フェヴリエ

死の2ヶ月前に撮影されたラヴェル最後の写真
(アンセルメへの手紙はちょうどこの頃書かれた)

日本語訳:だいこくかずえ(葉っぱの坑夫)



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