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[文章] 自作を語る:左手のためのピアノ協奏曲 1933.1.14

音楽も生き方もエキセントリックだったフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル。友人や家族に宛てた手紙、他の作曲家についてのコメント、レクチャーやインタビューなどシリーズで紹介します。
ファンタジー小説、評伝、ラヴェル本人の残したものの3部門で構成されるプロジェクト「モーリスとラヴェル」の中のコンテンツです。

 3年前にウィーンに行ったときに、まもなくパリ交響楽団で指揮をすることになっている、左手のための協奏曲のアイディアを得ました。

 ウィーン滞在中は、オペラ『子供と魔法』のリハーサルや、イダ・ルビンシュタインのバレエ上演の指揮(『ラ・ヴァルス』『ボレロ』)に追われる中で、オーストリアのピアニスト、ヴィトゲンシュタインの演奏を聴く機会がありました。彼の右手は戦争時の怪我により切断されていましたが、リヒャルト・シュトラウスの左手のためのコンチェルトを演奏しました。
写真:パウル・ヴィトゲンシュタイン/著者不明(CC BY 3.0 nl)

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 このような左手のみの演奏という厳しい制約は、作曲家の仕事に大きな困難をもたらします。それに加えて、これを乗り越えようという試みは非常にまれです。この種の楽曲の中で最もよく知られているのが、サン・サーンスの『左手のための六つのエチュード』です。こういった曲は、簡潔さと運指の割り当てによって、左手しか使えないという障害を乗り越えようとします。その際、限られた手法を鍵盤の広い領域で駆使することは、楽曲への興味につながります。

 難しさはあったにしろ、それと闘う喜び、さらには乗り越えることができれば、この困難は小さな懸念となります。だから私は、ヴィトゲンシュタインのために曲を書くという依頼を受けました。私は大いなる熱意と興味をもってこの仕事に取り組み、1年のうちに完成させました。これは私にとって作業の遅延を最小限に抑えることができた例です。

 マルグリット・ロンによって去年初演された『ピアノ協奏曲ト長調』(小さなオーケストラ編成)とは対照的に、『左手のためのピアノ協奏曲』はフルオーケストラで演奏されます。協奏曲は二つの楽章からなり、間を挟まずに演奏されます。

 この曲はゆっくりとした始まりにつづいて、対照的なパワフルな第一主題に入ります。これは後に出てくる2つ目のテーマによって相殺され、そこでは「感情をこめて」の指示があり、技術的には両手のために書かれたような見映えになっています。ここではメロディーラインに伴うフーガが編み込まれています。

 第2楽章は、リズミックな二つのテーマを基本にしたスケルツォです。新たな要素が中間部に突然現れ、数小節にわたって一種のオスティナートのように延々と繰り返されますが、常に低音部のハーモニーによって変化がつけられます。そこに無数のリズムパターンが導入され、どんどん圧縮されていきます。この波動は激しく頻度を増していき、スケルツォが再現されます。それは主要テーマの拡張された再現となり、最後には長いカデンツへと流れます。そこでは導入部のテーマとコンチェルトの最初の部分に出てきた様々な要素が、互いに競い合い、最後には荒々しい中断によって曲は突然の終わりを迎えます。

Le Journal(1933年1月14日)
(アービー ・オレンシュタイン編 "A Ravel Reader: Correspondence, Articles, Interviews"より)

*『左手のためのピアノ協奏曲』は1933年1月17日、パウル・ウィトゲンシュタインによって、パリで初演された。

日本語訳:だいこくかずえ(葉っぱの坑夫)



 


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