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オオカミと狼伝説 【その4】 雪嵐の森で

文:ウィリアム・J・ロング(1867~1952年、アメリカ北東部で野生動物を観察して、多くの作品を書いた作家)


1頭のオスのオオカミを追っていたときのこと、非常に体の大きなやつで、獲物をたらふく食べて動きが鈍かった。わたしは森から凍った湖に出てきたところで、オオカミは100メートルほど先の岸辺のそばをブラブラ歩いていた。オオカミは氷の岩棚の下を、人間への警戒心もなく通り過ぎるところだった。パンッ! オオカミの足元の氷面に銃弾を飛ばしたのはそのときだった。

距離があったしちょっとした試し撃ち、わたしはもう一度チャンスがあると思った。しかしオオカミはどこから銃弾が飛んできたか、確かめることさえしなかった。発射音がする前に、すでに氷の岩棚に2度ほど挑戦して、その場で飛びつくには高過ぎるし、登るには滑りやすいと感じていたかのような振る舞いだった。そして少しの躊躇も見せず、湖の上を勢いよく走り出し、右にまわり込んで岩棚に突進し、見事にその上に着陸した。岩棚は2メートル半を超える高さがあり、オオカミの離陸地点からはさらに3メートルあった。しかしオオカミは自分の跳躍力を一瞬で見積もり、長くその場に身を晒すことなく、岩棚に素早く飛びついた。

また別の機会に、1頭のオオカミが雄鹿に飛びかかって殺しているところを見た。オオカミは狩りの技と強靭さの両方を使っていた。この狩りをいとも容易くやってみせたので、人間が数頭のオオカミに襲われたら、逃げるチャンスなどあるのかと思わされた。大挙してやって来たり、飢えのせいで、この地のシンリンオオカミが無謀になっていれば、恐ろしい敵になるかもしれない。しかし誰にもわかることは、オオカミは人間になど会いたくないという事実。人間を恐れ、たとえ腹が減っていても人間を避けようとする。

冬の夜、わたしの野営地のそばで、オオカミたちが遠吠えをしているとき、何度もテントの外に出て、人間狩りをするチャンスを与えたものだ。夜になると、オオカミは昼より大胆に振るまうとはいえ、(特殊な例を除けば)敵意や危険な身振りを見せたことはなかった。オオカミたちは適切な方法でわたしを怖がらせ、オオカミの集団に追いかけられたら、人間は怖い目にあうぞと知らせた。

びっくりするような例外的な出来事がある冬の午後に起きた。それは雪嵐の中、凍った湖の上を歩いているときだった。森から出てきたとき、すでに夕暮れが迫っていて、わたしは急ぎ足だった。野営地までかなりの距離があり、まだ湖を渡りはじめたところだった。すぐに水平線の向こうで雪が舞いはじめた。雪と暗さのせいで、歩くのが困難になり、先をよく見ようとして、わたしは風上の方へ、湖の岸辺の方へどんどん近づいていった。

湖の上を進んでいるとき、2度、3度、森の中で何かが動く影を見た。その何かはわたしに追いつこうと、ついてきた。しかし舞う雪のせいで、常緑樹の下に入るまで視界がきかなかった。そこで初めて、わたしの左手に、木々の間を忍び歩く動くものが見えた。わたしはそれが何か確かめようと、歩みを止めた。と、次の瞬間、薮がいくつにも割れて、オオカミの集団が飛び出してきた。

1頭はこちらを向いて、素早くわたしの前を歩いていき、別の1頭はそれとは大きな角度をつけて、湖の上を走っていった。残りのオオカミは扇形に広がって、罠を仕掛けるような態勢に入っていく。森への逃げ道はすべて、オオカミによって塞がれていた。彼らに向かっていくか、凍った湖の上を突っ走るかしかなかった。

オオカミたちは、出て来たとき、100メートルくらい向こうにいた。彼らはやすやすと近づいてきて、頭を垂れ、何頭かは肩に牙が刺さるくらい体を傾けて奇妙な歩きを見せていた。オオカミたちは声を発しない、鳴き声を一切あげなかった。彼らはわたしが森から出てきたとき、風上にいた。雪嵐の中で、オオカミたちはわたしをシカか獲物になる動物と勘違いしたようだった。しかしそのときは、彼らの飛び出しは危険に見えたし、じっと口をつぐんだ様子は、どんな大声より恐ろしげだった。

わたしは屈んで、かんじきの紐を解き、真っ直ぐに立ち上がり、重いリボルバーをさやから取り出した。そしてじっと立っていた。野生の動物を威嚇するもっとも効果的な方法だ。彼らは自分自身が、危険を感じれば走って逃げるので、そして他の動物が自分から逃げていくのを見ているので、じっと動かないものには困惑し、どこかに何か間違いがあったと思ってしまう。

半円に取り囲むオオカミの一番端のところから、突然、大きな1頭が猛スピードで飛び出してきて、わたしの背後にまわった。最初に撃ち殺すのはこいつだ。しかし二つの理由から、ぎりぎりまで待った。そこにいるオオカミの数の半分しか銃弾がなく、撃つなら一発で仕留めなければならなかった。もう一つはオオカミが人間を襲うのか知る、一生に一度のチャンスと見たからだ。気持ちは静かで落ち着いている。と、そのとき雪片がわたしの目の前で舞った。

飛び出して背後にまわった大きな1頭は、40メートルは離れたところにいた。風がわたしのいる所からオオカミの方へと流れた。それでオオカミは初めてわたしの(人間の)臭いを感じた。背中が脱臼したみたいな妙な格好になったので、やつは衝撃を受けているとわたしは見た。大きく飛び上がってからだをくねらせ、足を棒のように硬くして着地し、つま先を滑らせてまた飛び上がり、銃に撃たれたかのように悲鳴をあげた。オオカミは自分が追いかけていた獲物が何かわかったのだ。わたしは微動だにしなかった。

その1回の悲鳴のあと、オオカミは魔法にかかったように大人しくなった。他のオオカミの多くは一瞬のうちに散っていった。しかし2、3の若いオオカミは突然の変化が理解できず、体中で驚きを発散していた。彼らも警告を受けとり、わたしがこの喜劇の中の自分の役を担いはじめると、集団と一緒に大慌てで飛び跳ねながら去っていった。銃を放つと、あらゆる鳥は宙に舞い上がる。まるで雲の中だけが、あるいは山の向こう側にしか安全地帯はないとでもいうように。

これが本物のオオカミの話だ。愉快な狼伝説を耳にするたびに、あのときの雪を蹴散らして走る彼らの背を、猛スピードで暗い森へと消えていく最後の跳躍を、わたしは思い起こす。


*「オオカミと狼伝説」はこれで終わりです。

オオカミと狼伝説 【その1】 ミネソタの森で 
オオカミと狼伝説 【その2】 アラスカの鉱山技師
オオカミと狼伝説 【その3】 イタリアの村にて
オオカミと狼伝説 【その4】 雪嵐の森で


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