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[文章] ジャズをもっと真面目にとるべきです 1928.3

音楽も生き方もエキセントリックだったフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル。友人や家族に宛てた手紙、他の作曲家についてのコメント、レクチャーやインタビューなどシリーズで紹介します。
ファンタジー小説、評伝、ラヴェル本人の残したものの3部門で構成されるプロジェクト「モーリスとラヴェル」の中のコンテンツです。

アメリカの音楽誌「Musical Digest」1928年3月への寄稿

 あなたがたアメリカ人は、ジャズを軽く捉えすぎています。安っぽく、通俗的で、一過性のものと思ってはいないでしょうか。わたしの考えでは、ジャズはアメリカ合衆国の国民的音楽を先導するものです。これを除けば、アメリカはまだ本物の音楽の語法をもっていません。あなたがたの多くの作品は、ヨーロッパの影響下にあり、スペインだったり、ロシア、フランスだったり、ドイツといったものの影響を受けていて、アメリカ独自のものではありません。アメリカ人を構成するのが、こういったヨーロッパ人の混合だからだ、と言う人の意見をわたしは信じません。そうでは全くありません、バカげたことです。

 わたしたちフランス人の混合を見てください。ある区域でドイツ人に似たフランス人を見ることがあるでしょうし、別のところではフランス人というよりイタリア人のような人に出会うかもしれません。アラブ人やアルジェリア人に加えて、国を離れたアメリカ人や国際結婚したアメリカ人もいます。このような中、われわれの音楽がフランスらしくないと言う人がいるでしょうか?

 そんな人はいません。アートにとって重要な影響力を及ぼす2つのもの、それは気候と言語です。気候については、言語よりたやすく理解できるでしょう。しかしながら言語についても、ちゃんと説明できると思います。イギリスの作家、たとえばジョセフ・コンラッドやマイケル・アーレンを見てみましょう。コンラッドはポーランド出身、アーレンはアメリカです。そうであっても、この2人はイギリスにおける素晴らしい書き手として大変著名です。それはなぜなのか。彼らの表現媒体である言語が、英語だったからです。

 わたしはピアノの前に座って、1849年に書かれたフランスの音楽*を弾いてお聞かせできますが、あなたがたはそれをジャズだと思うかもしれません。非常に独特で、シンコペーションのリズムをもちますが、フランスの香りを残しています。さらには、それはクラシック音楽として認められるものです。

*フランスの音楽:資料元の編者オレンシュタインによると、ルイス・モロー・ゴットシャルク(1829~1869年)の音楽を指している。イギリス人の父とフレンチ・クレオールの母のもとニューオリンズに生まれたアメリカの作曲家。

 ヨーロッパでは、ジャズを真面目に受け取っています。わたしたちの作品に影響を与えているのです。わたしのソナタのブルースを例にとれば、ジャズの様式をとっています。特徴としてはアメリカ音楽というよりフランスに近いですが、とはいえ、あなたがたの言うところの「ポピュラー音楽」に強い影響を受けています。

 わたし自身、ジャズには非常に面白さを感じています。リズム、メロディの扱い方、メロディそのもの。ジョージ・ガーシュインの作品をいくつか聴いて、興味をそそられました。残念ながら、あなたの国の超モダンな「恐ろしき子供」であるジョージ・アンタイル*の作品を知りませんでした。彼はわたしの好奇心を誘いました。それは人々が最高の称賛をしたり、ひどく非難したりと両方の態度をとるからです。その中間というものがない。このような称賛と非難を同時に受ける作曲家というのは、なにかあるんでしょうね。

*ジョージ・アンタイル:アメリカ合衆国の作曲家・ピアニスト(1900~1959年は)。

 フランスにも若い超モダンな作曲家のグループがあります。彼らがどこまで行けるかわたしにはまだわかりません。とはいえ、もしわたしたちが音楽における印象派を有しているかと訊かれれば、その用語を音楽に結びつけたことはないと言わねばなりません。画家? それは別の話です。モネとその一派は印象派の画家です。しかしその周辺の芸術には、これと同等のものはありません。

 フランスの今日の音楽は、印象主義とは相いれないものです。作曲家たちは自分がどこに向かっているかわかっています。いっぽうイタリア人は表現における新たな語彙を模索し、ドイツ人はワーグナーに対して、そしてシューマンの感傷的な音楽に反感をもっています。わたしたちフランス人は、自身の目標を手にしています。それはグノーの設定した路線に従うことです。

 ガブリエル・フォーレは凝ったハーモニーとあいまいさを持つメロディで、フランスの若い音楽家たちに愛されています。ご存知かもしれませんが、わたしはかつてドビュッシーから深い感動を受けました。そうであっても、わたしは古典を好むことから、彼に対して反対の立場を取り始めました。それはわたしは彼の音楽が含むもの以上の意図や知性を切望したからです。ポール・デュカス*は古いグループに属しています。彼はリストやサン・サーンスに影響を受けました。彼の作品はわたしにアピールしません。わたしにより深い影響を及ぼしたのは、ドビュッシーよりもシャブリエ*でした。最近心を動かされたのは、エリック・サティです。彼は真の音楽家です!

*ポール・デュカス:フランスの作曲家(1865~1935年)。
*エマニュエル・シャブリエ:フランスの作曲家( 1841~1894年)。

 自分の作品について言えば、いつも変わらず、最新のものが一番好きです。現在は、『マダガスカル島民の歌』が気に入っています。ただ、今はコンチェルトを考えいますし、ブスケの台本によるオペレッタもね、それはルイジ・ピランデルロ*のようなスタイルです。それからオペラも書こうと思っています。それが終わったら、ま、わかりませんね。

*ルイジ・ピランデルロ:イタリアの劇作家、小説家、詩人(1867年~1936年)。

 今日のフランスのオペラは、ロマンチック・オペラです。作曲家たちは何も新しいものを探していません。エドゥアール・ラロ*の作品に甘んじています。ジャコモ・マイアベーア*の『預言者』とかね、ワーグナーにさえです。

*エドゥアール・ラロ:フランスの作曲家、バイオリン及びビオラ奏者(1823~1892年)。
*ジャコモ・マイアベーア:ドイツの歌劇作曲家(1791~1864年)

 作曲家にとって、今わたしたちが生きている時代は幸先のいいものです。経済の激変、つまり暴力的ではない革命を経験しています。国際化が国家主義と並行して進み、建設的なものが破壊的なものと同時に採用されています。わたしたちは衛生上の方策や戦争の道具を考案します。世界の中のある場所は、まだ文明化に至っていませんでした。そう、他の地域は文明化されていないように見えます。世界は変わりつづけており、かつてないほどに矛盾だらけです。

 わたしはこの時代を生きることに幸せに感じていますし、作曲家であることの運の良さに感謝しています。

 アメリカにやっと来れたことを嬉しく思っていますし、都市から出ることが叶わなかったにしても、『ブロードウェイ・アフターダーク*』が素晴らしいことは証言できます。

*ブロードウェイ・アフターダーク:アメリカのサイレントのコメディ映画(1924年)

(アービー ・オレンシュタイン編 "A Ravel Reader: Correspondence, Articles, Interviews"より/訳:だいこくかずえ)


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