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こぼれ落ちた声を聴く:情報の海の外へ

ノンフィクション作家・上原善広さんの『四国辺土記』の連載を読み始めました。noteで先月スタートしたもので、有料(1回分100円)です。

上原さんの本はこれまでに何冊か読んできて、どこかフィーリング的に合うな、と思ってきました。最初に読んだのは『被差別の食卓』という本でした。アメリカ、ブラジル、ブルガリア、イラク、ネパール、そして日本の被差別の民の食べものを取材した、非常にユニークな本です。他で聞いたことのない話ばかりで、また上原さん自身が路地(部落)の出身であることで、こういった食べものや人々との距離のとり方、縮め方が素晴らしく、臨場感あふれる描写に胸がときめきました。

その上原さんが遍路の話を本にしている、と聞いて、なんで遍路なんだろうと不思議に思っていました。遍路というものに特に興味もなく、その実、どういうものかもよくは知らなかったのですが。

遍路といって思い出したのは、数年前に出た『冥土の季節』という素九鬼子さんの本。前科三犯、93歳の色黒の美女が死に場所を探して遍路に出る、という小説です。素九鬼子さんというのは、『旅の重さ』や『鬼の子ろろ』『パーマネントブルー』などで一時期(1970年代〜)人気のあった作家で、旅芸人とか山奥に住む老婆とか、一般社会から外れたところにいる人々を書く作家という印象があります。作家活動をやめたと思われていた素さんの『冥土の季節』を書店で見つけたときは、かなり驚きました。大きな文字の、絵本のような体裁の本で、内容はこれぞ素九鬼子という感じでした。やはりどこか、一般社会から外れた感性の作品でした。

さて上原さんの『四国辺土記』ですが、遍路ではなく、辺土(へんど)と書かれています。これは今ではバスや車でまわることも多い一般的な遍路と、行き場のない人、社会から逸脱した人などが遍路をして暮らしている「へんど」の二つがあるということらしいです。上原さんによると、昔はハンセン病者の遍路も多く、また乞食のことを「へんど」と呼ぶ習慣もこの地域ではあったようです。そして遍路の道筋には路地(同和地区)が多くある、とのことでした。

上原さんは自らを「へんど」と定めて、途中で行きあった遍路をする人や行った先々の土地の人から話を聴く、「遍路道に落ちこぼれている話を乞いながら巡礼する」ことを自分の遍路としていました。

まだ1回、2回を読んだだけですが(合わせて20000字くらい)、その拾った話というのが、インターネットやSNSで耳にするニュースや情報とまったく異なる、なんと言ったらいいのか、「リアルな人間を間近にみる」ような体験なのです。第1回を読んでいるさなかに感じたのはまずこれでした。これはすごいな、と。

遍路の出発点は徳島にあるようで、そこから話はスタートするのですが、わたしは徳島に数年間住んでいたことがありました。その頃は遍路の話など、まったく知りませんでしたが。ただ坂東とか板野といった『四国辺土記』に出てくる地名は知っています。またこの作品に出てくる土地の人のしゃべる言葉は、イントネーションも含めよくわかります。そういうこともあって、テキストをより臨場感をもって読むことができるのかもしれません。

ところで『四国辺土記』を読みはじめて、アッと思ったことがあります。この作品はnote用に書かれたものではなく、すでに出版が予定されている本の一部(先行公開)なのですが、最初に読んだ感じでいうと、これまでの上原さんの著書と比べても、文章が柔らかいというか読みやすいというか、土地の人の話の引用など会話体が多いせいもありますが、非常に軽やかな感じがしました。内容が軽いということではありません。最初は意外に思いながら読んでいましたが、読書体験として悪くない感じです。おそらく論理で押してくる作品ではなく、出会った土地、そこにいる人々をスケッチするように描写していることが、読んだときの軽さにつながっているのかもしれません。

なぜ強くそう感じたのかは、もしかしたら、同時期に藤原新也さんの『黄泉の犬』という本を読んでいたことと関係している可能性もあります。この本は、オウム真理教の麻原彰晃について著者が立てた仮説(麻原彰晃が盲目になったのは水俣と関係があるのではないかという)を明らかにするため、兄の麻原満弘に会いにいくというところからスタートし、著者の若い時代のインド紀行が深く語られていきます。少し古い本なので(雑誌初出当時は1990年代半ば)、そのせいもあってか文章は硬く、論理によって話が導かれていくような感じがあります。おそらくその時代の本、とくにノンフィクションはこういった傾向が強かったのかもしれません。上原さんの『四国辺土記』を読んだあとでこれを読むと、文章の硬質さが強烈に感じられ、読みにくいと感じてしまったほどです。

おそらく上原善広という作家は、いまの時代の中では、適度な硬質さ(テーマ設定や論理性において)をもったノンフィクション作家ではないかと思いますが、今回の読書体験では藤原新也との比較の中で、かなり柔らかくラフな書法が使われていると感じられたのです。一つには作品が書かれた時代の違いがあるでしょうし、また作家の個性も、生まれた年代も違う、ということがあるでしょう。上原さんは1973年生まれ、藤原さんは1944年生まれ、約30年(一世代)の差があります。

ここまで『四国辺土記』を読んだ感想として、遍路をする人々、目的となる土地、遍路を受け入れる土地の人、そういったものの混合体が、他では見られないような独特の空間というか、一種の時空的なコミュニティをつくりあげているのでは、と思いました。何かから逃れるために、死に場所を探して、自分探しの旅として、宗教的に求めるものがあって、他に生きる道がなくて、、、観光的に遍路をする人以外の人たちは、人生の中で、現在何らかの問題を抱えているということなのでしょう。その解決法としての遍路。

遍路とは人間が生きていくことの苦しさの吹き溜まりのようなものなのか。

面白いと思ったのは、ふつうの旅行者と違って、遍路という「属性」あるいは「資格」、あるいは「目印」のようなもののせいで、遍路同士、遍路と土地の人の間に、昔からつづくある種のつながりのようなものが、ごく自然に存在しているように見えること。

ある漁村のお好み焼き屋さんで、著者の上原さんはお客の年老いた漁師に、「ニイさんは遍路さんか」と声をかけられています。そして一連の話がはじまる。こういったことがどこででも普通に起きるようで、これが遍路でなくただの旅人だったら、こうはならない気がします。そこで話される言葉、そのやりとり、話の内容が、素晴らしく面白く貴重なのです。いや、すごく変わった話が交わされるということではなく、見知らぬ人同士が「遍路」という互いの了解事項をとおして、気さくに(ときに疑いの目をもって)話をしている、人間と人間が出会っている、そのことに面白さがあるのです。

遍路かどうか、どうしてわかるのか。一つには着ているものでしょうか。『冥土の季節』のお婆は上下白のジャージーでした。上原さんは作品中の写真を見るかぎりでは、普通の服の上に、背中に文字の書かれた白い袖なし半纏のようなものを着ています。Googleで画像検索をすると、すげ笠をかぶっている人をよく見かけます。あと杖を持っているとか。でもこうでなくてはいけない、というのはないようです。

上原さんは単に取材対象として「遍路」を外から見ている、というわけではなく、上原さんなりの理由があっての遍路のようでした。遍路道に路地(部落)が点在していることに気づいたことも、ここを歩くことの理由になっているようでした。

昨日(7月11日)に第3回目の配信があったので、第1、2回につづいて購入してみました。ここではハンセン病者の遍路の話がいくつか出てきます。ハンセン病と遍路は、遍路と路地(同和地区)がそうであるように、関係が深いことがわかりました。ハンセン病になった人が、社会から逃れるように、あるいは追い出されるようにして遍路に出る、ということがあったみたいでした。やはり遍路には、社会の吹き溜まりのようなところがあって、一般社会からは隠された人間の姿が見え隠れします。

『四国辺土記』では遍路の成り立ちの歴史や、ハンセン病が昔どのような扱いを受けていたか、それがどう変化したかなどの経緯が詳しく語られています。上原さんの著書には、巻末にたくさんの参考文献がリストされていることが多いのですが、この作品でも、大正期の高群逸枝の著書からの遍路にまつわる引用があったりして、日常的な読書の中ではなかなか出会わない作家や作品と遭遇したりもします。

なんというか、基本の軸がずれているというか、同じ日本の中の話なのに、身を置いている場所あるいは位置、層が違うのか、見える風景や人の一生のあり方が、わたしの馴染みあるもの、普段接している情報とはかけ離れている気がします。

この記事のタイトルに「情報の海の外へ」と書いたのは、普段接するニュースや情報と『四国辺土記』で描かれている世界が、どう結びついているのか、読んでいて戸惑ったということがあります。

普段ネットなどのメディアで接しているニュースには、意外に第一次情報が少ないようにも感じました。大手新聞の記事でも、記者が取材したものが署名入りで読めることは稀です。通信社経由のもの、海外記事の翻訳、よそのメディアからの引用などたくさんあります。今は二次情報どころか、三次情報も多いかもしれません。ニュースのまとめサイトのようなものは、おそらく三次情報に入るのでは。読んでいる人は、さほど記事の発信元には注意を向けていないようで、どこで何があったらしい、誰がこんな発言をして騒ぎになっているようだ、という内容のみが、発信者の確認抜きで広まっている印象があります。

『四国辺土記』を読みはじめて感じたのは、そこで起きた出来事、話されたこと、そこにいた人、と読者であるわたしの距離の近さでした。自分自身の体験ではないけれど、体験者(書き手)から直接話を聞いている、と感じられたのです。そしてその書き手に信頼を寄せていれば、その話の内容は貴重なものになり得ます。当事者から直接話を聞いたのでなくても、それに近いことが起き得るということです。

それに比べると、取材者や発信者がはっきりしない(確認の必要性も求められていない)情報というのは、空疎なものに思えてきます。出来事の内容だけが伝搬され、拡散されていくことの無意味さ。そんなことを『四国辺土記』との比較で感じました。

ところでこの『四国辺土記』は、noteをつかっての連載になっていますが、ネットでの連載、中でもnoteのようなSNS的なメディアでの連載というは、テキスト系のコンテンツには合っているように思いました。わたしは最近、平野啓一郎の『本心』という新作の小説を、公式メールレターをとおして全編読んだ経験があります。週2回のペースで配信され、本の発売までの間に全部で14回、登録者は無料で読むことができました。もともとこの作品は東京新聞他の新聞連載小説で、それは新聞社サイトで一般公開されていました。しかし今回の版は、そこからかなり改稿されているようで、こちらの方がずっと面白かったです。また週2回の配信というのもちょうどよく、その時々の状況に合わせて、パソコンで読んだり、スマホで読んだりしていました。

『四国辺土記』は本全体の半分程度の先行公開とのことで、残りは本を買って読むということのようです。個人的にはすべてをnote上で読むのでもいいかな、と思っていますが。本として発売されたものを買う場合は、電子書籍版を選ぶと思います。紙の本を買うというのは、書棚を考えたとき大きな負担になります。(紙の本と電子書籍、発売が同時だといいのですが!)

ネットで読むものは、単なる「情報」にすぎないと言う人がいますが、要は内容だと思います。noteで発表されたものでも、コンテンツの質や信頼性が大事なのであって、発表されるメディアの種類とは何の関係もないと思います。『四国辺土記』をnoteという発表形態で読めることは、とてもありがたいことだなと思っています。

実はこの夏の終りにスタートさせる葉っぱの坑夫の新プロジェクト「モーリスとラヴェル」の一部を、note上で公開してみようか、と考え中です。ファンタジー小説、評伝、手紙やインタビューなど本人の言葉、の三つのセクションで構成されるプロジェクトなのですが、その内の一つをnoteで、というわけです。一つのプロジェクト内のコンテンツをメディア的に分散させる、というアイディアを以前からもっていたので良い機会かな、と。詳しくは近々note上のどこかで発表できると思います。

*ちなみに、ページトップの画像は「バルセロナのガンジー像」だそうです。遍路とは関係ないですが、なんとなく合っている気がして。

上原善広著『四国辺土記』note公開版:


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2000年4月からウェブ上で、翻訳作品を中心にさまざまなコンテンツを公開してきました。内容としては移民文学、野生動物観察、音楽家インタビュー、外国語で書かれたハイクなどです。コンテンツの中から紙の本や電子書籍も作っています。