【短編】夜風

夜風を纏ったあの人は、玄関に入るなりワンピースを脱ぎ捨てて、僕の布団にもぐりこんだ。

知らないその人は、僕に警戒心を抱かせるにはあまりにも無防備で、そして僕は、この状況に頭を巡らせるには酔い過ぎていた。

「どうやってここへ?」
「あとをついてきた」
それからあとはもう寝息しか返ってこず、僕は考えるのをやめ、シャワーを浴びることにした。
朝起きたときには、その人の姿は消えていた。もしかしたらいたのかもしれないし、言葉も交わしたのかもしれない。けれど僕の記憶には、その人は消えた、という印象が強く残っている。


その後上京してから一年が経つ。
ふとしたときに、例えば車の通らない交差点の向こう側に、彼女が現れるのではないか、そんな気がしてくる。



息子がグレて「こんな家、出てってやるよババァ」と言ったあと、「何言ってもいいが大学にだけは行っておけ」と送り出し、旅立つその日に「これ持っていけ」と渡します。