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失敗のおすそわけ

失敗のおすそわけである。
こんなことを分けられても困るだろうが、私の中だけに留めておくのはもったいない気がするので分ける。あるいは、「呪いのビデオ」のように、読んでもらったあなたにこの厄を擦りつけたいだけかもしれない。心して読んで欲しい。

財布を忘れた。ここまではよくある話かもしれない。
気づいたタイミングが悪かった。駐車場の精算機の前で気がついた。前方には遮断器、後方には2・3台の車。すぐに呼び出しボタンを押す。係員の声がする。
「はい、どうされましたか?」
「すみません、財布を忘れてしまって...」
「はい?」
「あの、財布を忘れてしまったのです...」
「いま係の人が行きますので、少々お待ちくださいね」

少々。後方の視線が気になる。フロントガラス越しでも視認できるくらいに少し大きめに動き、財布を探している人であることを暗にアピールする。姑息である。第一、そんなことをしたところで迷惑きわまりないことに変わりはない。

係の人が来る。警備員さんだ。
「えっと、じゃあとりあえずバー上げるから、そこに停めてくれる?」
精算機横の駐車スペースに案内された。事情を説明する。

「すみません、家に財布を忘れてきてしまったようで...すぐ近くなので取りに帰ってもいいですか?車はここに停めさせてください」
財布の中には免許証が入っていた。無免許運転をするわけにはいかない。

「おぉ...わかったよ。焦らなくてもいいからね」
大した運動もしていないのにゼェゼェいっている私を、警備員さんが哀れんだ。

できる限りダッシュで家に向かう。ひとつめの信号を渡ったらすぐに息が切れて歩行に変わる。「家はすぐ近く」なんて、なんで言ってしまったのだろう。徒歩で片道10分である。近い、とは。

最初のダッシュで既に力を使い果たしていた私は、帰り道はゆったりと歩いた。警備員さんに駐車場代を渡す。
「ご苦労さんだったね。車で取りにいってもよかったんだよ?」
警備員さん、それじゃ無免許運転になっちゃうんすよ。
心の中でツッコんだが、私にそれをいう資格はない。

息子がグレて「こんな家、出てってやるよババァ」と言ったあと、「何言ってもいいが大学にだけは行っておけ」と送り出し、旅立つその日に「これ持っていけ」と渡します。