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ただ生きるは易し。信念を持つは難し。

你好せんせーです!
今回はただのボヤキ回です(´∀`*)ヶラヶラ

人生って長いようで短いですね~😐

私が最初の人生の岐路に立ったのは中学にあがる前くらいからで、そこからがむしゃらに努力したり、取り返しのつかない間違えを犯したり、誰かに迷惑かけたり、当然色々ありました。

たくさん学んだし、たくさん泣いたし、沢山喧嘩もして、葛藤して選択して、今に至るわけです。

たぶん皆もそう。

気付けばハタチの代も終わりかけ。

もちろんそれなりに成長したし得るものも多かったと思いますが

しかし、まだ望むものは手に入らず。

渇望した絶対的強さ。

ここでいう強さとは単に肉体的、戦闘力、という話に留まらずです。

社会的、金銭的、時間的、対人、精神、思考等、様々な要素に置いて「強い」という状態を求めてきました。


いまだ理想には届いていません。

「理想が高すぎる」と思う反面
「自分なら出来る」とも思っているわけです。

いったいその自信はどこから出てくるのか、と周りによく言われます。

そして何も成し得てない自分に腹立たしさともどかしさを抱える。

信念なんて高尚な物ではありません。

ただ、「強くあること」は「自由である」と幼いながらに思ったのかもしれません。

幼少の頃にイジメてくる人達はそれはもう自由でした。支配していたといってもいい。

「そうか、強いとそんなことも出来るんだ」

暴力に見舞われる中、そう考えていました。

そういうことをしたいが為に強さを欲した訳では無いですが、自由に振る舞う彼らが羨ましかったのも事実。

そして私も武器を手に入れました。

しかし、その武器は現代で使うことは許されません。当然です。

なんと虚しいことでしょう。

10年以上の時間を割いて磨いた爪は使われないまま…世に出ることがなければ、独自に編み出した技術も、過去に失われた技術を再現してたとしても全て無意味なのです。

無用の長物とはまさにこのこと。

そして社会で必要なものに気付きます。

「社会的自立」も強さ。では次はそれを獲得しようと思いました。

20代で独立自営してるなんて凄いねなんて言われます。正直「こんなのものは」と言ってはアレですが、学べば誰でも出来るんです。

実際そうしてる人もたくさんいるし、私より成果を出してる人もゴマンといますね。

こんなものはまだ入口に立ったに過ぎないと思い、自分は大器晩成型かななんて考えながら日々を悶々と過ごすのです。


落ち込んでばかりいるわけにもいきません。
社会は早いですから。ちょっと気を抜いてるとあっという間に置き去りにされるもの。

学校の授業サボったら着いて行けなくなって不登校になるのと同じ感じですねꉂꉂ(ˊᗜˋ*)

そんな感じでボヤキつつも、いつも通りに淡々と。


また、たまに呟くかもしれません。

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