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朝ドラ批評家の『虎に翼』考  第16週新潟編スタートで感じる、トラつばの圧倒的な国語力

こんにちは、朝ドラ批評家を勝手に名乗り朝ドラをウォッチし続けております、半澤則吉です。今回は『虎に翼』第16週について感想を書きます。まずは超ざっくりそのあらすじを振り返りましょう。

登場人物が大幅に減ったことで第16週は緻密な会話劇に変化!

寅子(伊藤沙莉)は東京を離れ、新潟地家裁三条支部に赴任します。地元の弁護士・杉田太郎(高橋克実)、次郎(田口浩正)や新潟の職員から歓迎され新たな仕事に向き合いますが、高瀬(望月歩)が地元の権力者とトラブルを起こすなど、地方における「法」のあり方、人間関係の問題に直面します。家庭では優未(竹澤咲子)との間に生じた歪みをなんとかしようと努力するも全くうまくいかず、戦死した優三(中野太賀)についても優未にしっかり話せずもどかしい想いをしてしまいます。
裁判官として新潟に赴任していた星(岡田将生)と話すなかで、仕事、そして娘との溝と寅子は深く向き合い、2つの問題を改善していこうとします。

いやあ、新潟編、かなり面白いですね。これまでが、たくさんの人々の大群像劇だったことを思い知らされます。こちら公式HPの相関図を見ていただけると面白いです。

猪爪家はじめ、物語序盤を支えた登場人物の多くは亡くなってしまっていますが、15週までは桂場(松山ケンイチ)、多岐川(滝藤賢一)、頼安(沢村一樹)という豪華先輩陣、ヨネ(土居志央梨)ら旧友たち、そして花江ちゃん(森田望智)はじめ現猪爪ファミリーとかなり登場人物がとても多く、その人その人のドラマを丹念に描いていました。第16週は視聴者も「転勤」した気持ちになるほど、環境が一新されただけでなく、明確に登場人物が「減り」ました。この「減った」ということが、思いのほか重要な週だったと僕は思っていす。もちろん新潟編も、前述の太郎次郎兄弟の完璧ともいえる配役、高瀬役の望月歩さんなど見どころは満載なのですが、とにかく主要登場人物が減り、違うドラマの描き方になったのではないでしょうか。17週以降はまた違う展開となりそうですが、16週は明確に「会話劇」だったということをここで書いておきたいです。そこで感じたのが、寅子と星の圧巻の国語力。人にものを伝える、もしくは投げかける、その能力が異様に高い。例をとりましょう。

引用①第79回 
高瀬の起こしたトラブルを寅子と星が次郎とともに振り返る場面
星:思い出にできるほどお兄さんの死を受け入れられていなかったんでしょうね
次郎:そだども、もう何年も前に戦死の報せは届いているわけですから
星:死を知るのと受け入れるのは違う、事実にフタをしなければ生きていけない人もいます
寅子:だから語りたくないし、語られたくない
次郎:うーんわからなくはないが、みんな戦争で誰かしら大事な人を亡くしてるわけですからね。いい大人ですしそこは乗り越えていかねえと
星:なるほど……そういわれると分かっているから、彼は乗り越えたフリをするしかなかったんでしょうね
次郎:いやいやー。東京の人はなんだか洒落てますなあ。私はこれで。お弁当お楽しみください
星:では、書類の確認を
寅子:……自分の話をされているようでした

引用②同じく第79回
引用①に続けて、娘の優未に優三の話をできないと語る寅子
寅子:お恥ずかしい話なのですが仕事ばかりしていたせいで、娘との間に大きな溝ができてしまっていて。だから溝を埋められるならば、話したくはないけど、話せるようにはなりたいといいますか
星:僕はどちらかといえば溝を自ら作りにいくたちです
寅子:えっ?
星:でも佐田さんは溝を埋めようと必死にもがいていて、とんでもなく諦めが悪いですね
寅子:……(はて顔)
寅子:あ、すみません。褒めたつもりでした

いやあ、星航一の言語力、国語力高すぎるって。ちょっとカッコ良すぎる。この一連のセリフ書けたら思わずガッツポーズとりたくなるだろうなというくらい見事な脚本、そして星航一と寅子でした。引用①では「知る」、「受け入れる」、「語りたくないし」「語られたくなない」。引用②では「話したくないけど」「話せるようにはなりたい」と、言葉の言い換えの多様が印象的でした。僕らは普段の生活で割とこの作業ができていない、なんなら間違った言葉を使ったり、使ったままに(さっそく、言い換えをマネしてみます)になってしまっている。これが丁寧にできたり言葉と向き合うことができる人は国語力が高いと感じるのですが、星も寅子もスゴい上手です。
引用②は星が寅子をからかう場面ですが、ここは「諦めが悪い」という一見ネガティブな言葉が実は褒め言葉だという「転換」がありました。本来の用法ではない使い方をあえてすることで寅子にそして、視聴者を「ハッ」させることに成功。そして引用②の後、「それじゃあ、諦め悪く頑張ってください」と寅子に背を向け歩きだす星航一よ。次郎じゃなくても「東京の人はなんだかしゃれてますなあ」と言いたくなる完ぺきな後ろ姿でした。
引用①(高瀬の話題、寅子の職場の問題)はアバンタイトル(OP曲前)で、曲を挟み引用②(寅子の家の問題)へと話の軸がキレイに展開していたのも印象的で素晴らしい演出でしたね。ここではテキストを書き起こすしただけでしたが、伊藤沙莉さん、岡田将生さんの語り合う際の眼差し、話し方全てが見事で、脚本、演出、演者が一体になって作った名シーンでしょう。引用②のBGMは主題歌「さよーならまたいつか!」。ここで米津サウンドまで重なねてくるとは驚いた。意外と劇中でこの主題歌が背景音楽として使われるのは多くない気がするので、これは星航一が後半戦の主役になることの暗示とも取れてしまいます。(注:すいません、あえて小説版もガイドブックの今後のシナリオなども見ていないので全ての見解が憶測です)

もう一つ、16週の象徴とも言えるシーンを引いてみます。

引用③第80話
優未に優三がどんな人だったかを語る寅子

寅:お父さんはすぐごめんなさいする人だった。言いたいことは全部押し殺して、人に合わせて謝っちゃう。でも随分たってからポロッと本音をこぼして、え、それ今言う?ってなるの。そういう不器用で優しいところも、優未は似ちゃったのかもね。
<中略:お腹ギュルギュルの解決策について>
ナレーション:一度できた溝はそう簡単に埋まらない、でも、それでも

この場面、「すぐごめんなさいする人だった」に涙しました。「よく謝る人だった」、「すぐごめんなさいを言う人だった」でもダメ、この言い方ができるって本当すごいなあ。優未目線に立っての言葉だし、目下二人に溝があることも強く感じます。そして「不器用で優しい」優三と優未の人柄とも共鳴するセリフでもありました。改めてこういう言葉選びができる寅子は素敵な女性だと感じるとともに、最後のナレーション(尾野真千子)のうまさよ!そう、ここで金曜日だから解決、ちゃんちゃんとならないのが『虎に翼』のうまさです。「でも、それでも」で止めることで、僕らはその先を各々想像できるし、寅子の切なく優しい優未への気持ちも自然と共有されました。

「神回」という言葉を最近よく使いますよね。僕が小さい頃はなかった気がするけれど、この言葉が登場したのはいつからでしょう。とくに最近よく耳にするような気がします。僕もドラマのネット記事を書いたときによく使ってしまっていました。もちろんドラマには神回があるし、みんながそう思う回はあっていい。誰かが亡くなって辛かったり、何かが達成されて感動したりといろいろなことが半年かけて起こり続ける朝ドラはとくに「神回」が生まれてきました。でも、こういう会話劇の美しさも「神回」認定されるべきだと感じた次第です。第17週からはいよいよ涼子様(桜井ユキ)と玉ちゃん(羽瀬川なぎ)が復活。楽しみです。

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