みっちゃん、カッコいい事件①

 みっちゃんという男の子がいた。当時小学6年生。読書家で、休み時間にも度々図書室に訪れては、一人黙々と本を読んでいる。しかし決して内に籠るタイプではないようで、勉強も運動もちゃんと出来、クラスではリーダーシップを取っている。とはいえコメディ担当とは違う。主張している姿は見たことがなく、真面目で非常にクールなのだ。
 みっちゃんが笑った顔を見たことがないわけではないが、笑顔の印象は少ない。一人で黙々と本を読んでいるが、周りには同じクラスの男子がしょっちゅうわらわらと集っている。輪の中で楽しく過ごしている姿は決して珍しくないものの、騒ぎの渦中にありながら、それでも一人読書に集中しているときがある。アピール力は皆無に等しいのに、何故か目が離せない。
 みっちゃんは決して大きくない。小さくもないが華奢なので、一見大きく見えるのに、実は小さいと感じてしまう。
 ここは私服校なので、服装は自由だ。田舎の学校だし、子どもの服装なので、おしゃれにも限度というものはあるが、私が小学生の頃と比べれば、世の中に出回っている子供服は、断然今の方がおしゃれで値段も手頃に感じる。
「そんな服…私も小学生の時に来たかったわ~」と言いたくなるような素敵なものを身にまとっている女子を見ると、思わず口走る。(私の通っていた小学校は制服があったので、学校におしゃれをしていく習慣はなかったのだが…。)
 みっちゃんの服装は派手ではないし、群を抜いておしゃれでもないが、時々ものすごくかっこいいジーパンを穿いている。ウォッシュ加工の具合が絶妙だ。大人が穿いていてもかっこいいだろうが、ケソケソの小学生が穿いているので、更にかっこよく見える。華奢さが成せるだぼつき感は、大人男子には出せない。
 文武両道のクールな優等生であるみっちゃんだが、一度だけ司書が説教を垂れるきっかけを作ったことがあった。まだ装備処理されていない新刊書がカウンター内の棚に並んでいるのを見つけ、貸出開始前に予約しようとしたのだ。予約は、貸出中になっている本しか出来ないことになっている。在架ものはその場で借りてもらうよう促し、未装備など、在架手続きが行われていないものに関しては予約以前の問題だ。
 当時、話題になっていた映画の関連本で、後に男子の間でブームとなり、予約が殺到して書架では眠る暇もなくなってしまったそれを、彼は事前に見つけ、そして先を見越したのだろう。
「あのな…」と始まり、学校図書館の利用についてくどくどと説明を続ける司書に逐一「はい」と返しながら、彼は勢いのある敬語で丁寧に「すみません!」と謝った。謝罪を期待していたわけでも、敬語が返ってくることを想定していたわけでもないので、新米司書は一瞬怯む。謝られるほどのことでもなかったのだ。しかし彼と、彼と同じことをしようとしたクラスメイトは、大真面目に頭を下げた。
「もうすぐ貸出できるようになるから、もうちょっと待ってて」
 理解しやすく説明を…としたこちらの態度がくど過ぎたのだろうかと振り返ってみるが、唯単に説教回避の「すみません」だったのかも知れず、思いがけない反応に珍しく大人の方が慌てることとなった。
 みっちゃんの本好きは相変わらずで、卒業間近で多忙を極める6年の下半期になっても、時間を見つけては図書室にやって来た。
 ある時、暴れん坊の2年男子が、暴れてはいけない図書室で、自らちょっかいを吹っ掛けた同級生女子からの反撃を回避しようとして突発的に走り出した。追っ手は落ち着いたものだったが、暴れん坊は追いかけられることを予想して、わざとか思いがけずか判別できないような瞬間技で、椅子に座って一人読書に熱中していたみっちゃんの膝の上へ滑り込んだ。みっちゃん…怒って押しのけるかと思いきや、2年男子を膝に乗せたまま、まるで動じることなく本を読み続けている。膝の上でも暴れている2年生。邪魔でないわけがない。膝の持ち主であるみっちゃんも、彼の動きと共に揺さぶられている。乗ってること、まさか気付いてないわけないよね…?
 暴れん坊は再び追っ手から逃れようとして、膝から飛びのき、廊下へと飛び出して行った。みっちゃんは姿勢を崩さず、何事もなかったように本を読み続けた。
 

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