3月21日

 彼岸の三連休が終わる。
 この前後に、田舎に帰省している予定だった。結局行けていない。行けるのだろうか…と不安ばかりある。状況が状況なので、祖父母は残念がっても許してくれるだろうが、こういう時だからこそ参っておきたいのに…と思う。
 問題が解決しなくても、心が安定していれば前を向いていられたのに、それさえも中途半端だからずっと右往左往している。今月、今年度が、来週には終わるのに、その後の私が良いように変わっている自信がない。
 働くのが嫌になっている。仕事は好きなのに、何かがおかしい。役割があって、することがあって、自ら考えて、スケジュールを立てて、出来ることを見つけて…どれも面白いし、一つ一つ解決していく達成感が好きだ。
 では何が嫌なのかと考える。働きに、出て行くのが嫌なのだ。
 どこもかしこも遠くて不便で、毎回交通手段に迷う。“通勤”という行為と、それにかかる時間を無駄だと感じる私がいる。
 家で、自分で、出来る仕事はないだろうか…。ずっと考えている。
 したいこと、必要だと思うこと、大きなプランとヴィジョンはあるのに、それは夢のまた夢だとずっと思っている。何かのきっかけや天地が引っ繰り返るようなチャンスがあってこそ達成出来るもので、事業経験がほぼない素人が頭の中に描いたところで、形になるようなものでない現実感だけはしっかりある。パズルを組み立てるようにすることは沢山あるはずなのに、私はピースのひとつも持っていない。あるのは出来上がり完成図の写真だけだ。
 カーネル・サンダースは65歳でケンタッキー・フライドチキンを発明したのだと、この間テレビで誰かが言っていた。思わず口走る。
「大器晩成型やな…」
 私もそのくらいの年になったら、自分のプランやヴィジョンを実現できるようになるのだろうか?それまで何をして、どう過ごそう?

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