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木下半太 小説「ビデオショップ・カリフォルニア」5

   店長の伝説

 ここからは店長の武勇伝だ。

 三時間半ぶっ続けで聞かされた話をまとめてみようと思う。

 途中から意識朦朧で聞いていたので、若干、話の筋がおかしく、もしくはハリウッド的に大げさになるかもしれないがご了承ねがいたい。

 簡潔にまとめるので、どうか安心して欲しい(三時間半は地獄だった。レジの横に置いてあるテレビで流していた『タイタニック』が終わったぐらいだ)。

 店長は二十代の頃、千葉では伝説のサーファーだったらしい。

 ガキの頃から波を乗り回し、地元では敵なしの状態だった。

 ある日、台風が地元に直撃した。だが、台風で怯むような店長ではない。大荒れの波を味わうためにサーフボードを持って浜に出た。

 先客がいた。

「おいおい……女だべ?」店長は、驚愕の表情で海を見た。

 しかも、外人だった。ウェットスーツを来た白人の金髪美女がロングボードを操り、波の上をいとも簡単に滑っている。

 店長は、一瞬で負けを悟ったらしい。

 女の名前はブレンダ。アメリカから来た留学生だ。

 店長はサーフィン勝負を挑んだが英語が喋ないので、うまくコミュニケーションが取れず、相手にされないまま時が過ぎていった。

数カ月後、ブレンダは地元のカリフォルニアに戻った。

店長は、このままでは男がすたると思い、必死で英語を勉強した。

金を貯めつつ英会話に通い、二年後、カリフォルニアに向かった。

ブレンダはカリフォルニアの青い海でサーフィンをしていた。砂浜に立っている店長を見て驚いて駆け寄った。

店長は、いざ勝負だという意味で「お前に会いたかった」と言った。

意味を思いっきりはき違えられた。

ブレンダの目はハートマークになり、店長にキスをした。

店長とブレンダが結婚にするのに、時間はかからなかった。

店長は流れと勢いで結婚したことを後悔していた。

なぜ、自分はカリフォルニアに住んでいるのだろう。

 なかなか仕事も見つからず、ブレンダのヒモみたいな状態になっている。

 店長はロサンゼルスのコリアンタウンでスシ・バーを開く。資金はブレンダの父親から借りた。ブレンダの家が金持ちだということも結婚してから知った。

 スシ・バーだから本格的な寿司を握るわけではない。見よう見まねで寿司を握った。

 素人だから斬新なアイデアが生まれたのかもしれない。

クリーム・チーズを使ったカリフォルニア・ロールが大当たりした。

 十年後にはスシ・バーの支店が五つに増え、店長は日本人実業家として名を馳せることになる。

 人間調子に乗るとロクなことがない。怪しい連中が寄ってきて、甘い話を持ちかけてきた。

店長は、ハリウッド映画の投資に乗り出した。

そして、見事に失敗した。

借金地獄に陥った店長はマフィアに追われる身となった。

ブレンダと離婚し、店長は日本に逃げるためロサンゼルスの空港に向かった。

その途中、マフィアに捕まった。

「自分がタランティーノの映画の中にいるみたいだったぞ」店長はそのときのことを思い出したのか、ぶるりと体を震わせた。

 店長は、空港近くのモーテルに連れ込まれた。椅子にしばりつけられ、銃をこめかみに突きつけられた。

「ボスが来るまで大人しくしていろ」マフィアの一人が言った。

 ボスがやって来たらただではすまない。殺される可能性もある。なんとか、ここから逃げ出さなければ……。

 ただ、相手は屈強なマフィアが三人。しかも、全員、銃を携帯している。

マフィアたちは、モーテルのテレビで映画を観ながらボスを待った。映画はジャック・ニコルソン主演の『チャイナタウン』だった。

一人のマフィアが猛烈な映画ファンだった。店長に銃を突きつけながら、『チャイナタウン』がどれほど素晴しい映画かを力説しはじめた。

残り二人のマフィアたちは退屈そうに映画を観ていた。何度かアクビをしたり、途中でトイレ行ったりした。

『忘れなよ、ジェイク。ここはチャイナタウンだ……』

 ハリウッド史上に残る名セリフで映画か終わった。

「傑作だ」映画ファンのマフィアが涙ぐんだ。

「くだらねえ」もう一人のマフィアがぼやいた。「四人でマスをかいていたほうがマシだったな」

 三人のマフィアが大笑いした。腹を抱えて涙を流しながら笑う。

 笑い終えたあと、映画ファンのマフィアが言った。「お前ら、映画に謝れ」

「ファック・ユー」もう一人のマフィアが中指を立てる。

 店長の耳元で銃声が鳴り響いた。二発だ。

 映画ファンが二人のマフィアを撃ち殺したのだ。

「映画を冒涜する奴は許せねえ。そうだろ?」映画ファンのマフィアが店長の額に銃を突きつけた。

 店長が何度も頷く。股間は小便を漏らして濡れていた。

「お前が映画の仕事を続けると言うのなら、生かしてやる」

 店長が深く頷き、言った。「約束する」

 映画ファンのマフィアがロープをほどき、店長を解放した。

「お前の好きな映画は何だ?」

「……『シャイニング』だ」店長は咄嗟にジャック・ニコルソン主演の映画を言った。

「キューブリックが好きなのか?」

「もちろんだ」

 映画ファンのマフィアが、満足そうに頷き、いきなり銃で自分の足を撃った。

「……逃げろ。お前がやったことにする。俺たちの隙をついて銃を奪い、二人を殺した」

「ありがとう」店長は素直にお礼を言った。

 映画ファンのマフィアは震える指でタバコをくわえた。火を点けようとしたが、手元がおぼつかず、ジッポを床に落としてしまった。

 店長はジッポを拾い、火を点けてやった。映画ファンのマフィアがうまそうにタバコの煙を吐き出す。

「行けよ。映画の未来はお前に任せた」

 店長はモーテルを飛び出した。

 で、今に至る。

「どうして、摂津富田なんですか?」

 おれは話を終えた店長に訊いた。あまりにもスケールダウンしすぎじゃないか。

「関東はマズいでしょ? 地元に近いんだから。おれはマフィアを二人殺したことになってんだよ」

「はあ……」

「おれは映画に命を救われたんだよ……」店長が遠い目で言った。

「だから、この店はアダルトを置かないんですね」

店長が頷く。「映画を冒涜することになるからな」

「それでカリフォルニアって名前にしたんですか……」

 どこまで信じていいのかわからないが、街の片隅のレンタルビデオ屋にも、ドラマがあってもいいと思う。

 数日後、事務所で一緒になった成瀬君に「店長の武勇伝って凄いですよねえ」と訊いた。

「この店の名前の由来?」成瀬君が、眠そうな目で答えた。「どういう話だった? 僕が聞いたのは店長がソ連の女スパイと恋する話だけど」


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