オペラという催眠術(ウラジオ日記14)

オペラを見に行った。ドレスコードとかよくわからないけど、とりあえず韓国で買った上着を羽織っていった。あんまり関係なさそうだった。外国人だからか。

二番目に安い席にしていた。階段を上がる。会場に入るとスタッフが下に行きましょうと言う。今日は空いているから前の一番高い席で見ていいと言うのだ。ラッキー。一番安い席にしとけばと思ってしまうのは性である。

オペラが始まる。舞台の上を英語で字幕が流れる。前過ぎて、見上げないと字幕が読めない。オーケストラの音とふかふかの椅子。やや上を見上げながら、歌声を聴いていたら、うとうととして来る。

目覚める。ずっと見ていたような顔をする。わざわざこの席まで連れてきてくれたスタッフに申し訳なくなる。でもまたうとうとして来る。

また目覚める。セットの巨大さ、主演女優の歌声、それから敵方の軍人の歌声が目を引く。女優が発する高音は、人間の耳では聞き取れないような超音域も混ざっているように思われる。モスキート音が聞こえる若い耳なら更に豊かに聞こえたのかもしれない。

拍手がして電気が点く。終わりなのか。うとうとしていたから、どのくらい経ったかわからない。みんなが席を立つ。オペラって拍手がもっと長く続くイメージだ。カーテンコールがしばらく続く。でもそのようではない。たぶん幕間だなと思う。

カフェインを摂取しようと、売店に行く。コーヒーは飲めないから、紅茶を頼む。熱い紅茶に四苦八苦していたらベルが鳴る。慌てて飲むには熱すぎる。すぐには始まらないだろうから、落ち着いて飲もうとするが、だんだんと人が減っていく。少しだけ紅茶を残して戻った。しばらく始まる気配はない。紅茶を名残惜しむ。

暗くなり、オーケストラの音が響き始める。暗がりとやわらかい座席、心地良い音楽の前ではカフェインは無力だ。結局、うとうとと眠ってしまう。

時々、垣間見たオペラはすばらしかった。何より感動したのは幕の引き方だ。計算され尽くした速度で幕が引かれる。中央に倒れている一幕の中心人物に最後スポットライトが当たって幕を閉じる。というような演出をライトを使わずに幕だけで行っている。引かれた幕が数秒隙間を残して、それからぱっと完全に幕が下ろされることで演出している。光でなく影でスポットライトを操るのだ。これは難しい技術のように思われる。劇場。そういう場が可能にすることだ。巨大なセットと共に、ロシアの劇場文化を感じる。

劇が終わりに近づいている。恋人に死んだふりをするのよ、それから二人で逃げましょ、幸せになるのよと言っている。うわぁ絶対死んじゃうなあ、やめてよぉ、うわぁ死んじゃうよなあこれ。と思っていたらやっぱり死んだ。女が泣き崩れて幕が閉じる。幕がしっかりと二人にスポットライトを当てて。

今度こそ間違いなく終わりのようだ。カーテンコールが続く。スタンディングオベーションの方もいる。なんだか体が冷えている。

外に出てみると肌寒い。バスに乗って帰る。ウラジオストクのバスは40円で市内のどこまでも行ける。間違えて乗っても40円。だから気軽に乗れる。

バスが湾を渡っていく。大きな橋を渡っていく。ここを右に曲がるか左に曲がるか。左に曲がるようならホステルから離れそうだと思っていると、左に曲がる。すぐに次のバス停で下りた。初日に訪れた展望台のそばだ。

初日。今が何日かよくわからない。何曜日だろう。時間の感覚がどんどんとなくなっている気がする。帰りの飛行機を忘れてしまいそうでこわい。

門限まで後30分くらいあったので、近くのバーに寄る。生カキ、サーモンのブルスケッタ、お酒はコニャックVS。ロシアのサーモンを食べてみようと頼んだブルスケッタは、黒パンの上にサーモンのマリネと緑色のソースが載っている。これがとてもうまい。生カキも日本とは違い酸っぱ辛いソースでこれまた美味い。自家製のタバスコだろうか。コニャックもめっちゃ美味かった。大当たり。日本でサーモンおいしいぃーってなったことないから、シーマンとは正反対の意見である。

ギリギリに帰宅すると人が増えている。二段ベッドの一段目というのは結構ゆれるというのをはじめて知る。みんな同じグループみたいで楽しそうに喋っている。タオルケットで幕を引くと、頭の中でオペラを思い出す。そしたら自然と眠りに就く。

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