クラブで退屈に夜を明かす(ウラジオ日記19)

今日はホステルに帰らないことにした。ロシアのクラブで夜を明かして、朝に帰ろうと思ったのだ。そうすると心持が軽い。時間を気にせずにお酒を飲むことができる。

靴を持っていなかったから、ドレスコードの心配があった。サンダルじゃ入れないことはよくある。ただ外国人だから多めに見られたりするから、出たとこ勝負ではある。まあ入れないのが普通なのだけれど。一応靴下だけ履いた。

CUCKOOという有名なクラブに足を運んでみると、1000ルーブルと言われる。入場料かと思いお金を払うと、男は無造作にポケットに紙幣をねじこんだ。それからクラブの始まりは23時からだから、後で来いと言う。今は22時半くらい。騙されたなと思った。あの感じはほかの国でも経験がある。あの雑にポケットに入れる手さばきは、人を騙す人の手さばきだ。案の定、23時に行くとさっきの男はおらず、1000ルーブルはどこかへ行く。結局CUCKOOには入れなかった。

ロシアに来てから、人を騙す空気に触れていなかったから、多少驚いた。ただこういうのも異国を感じる瞬間だったりする。だから面白がっている自分もいる。まあむかつくけど。

それから噴水通りの方にある、ムミートローリに行った。ウラジオストクで一番有名と言ってもいいバー兼クラブだ。ドレスコードがゆるいのかあっ気なく入れる。

たまに体をゆらした。酔いが回って踊ったりした。少し気を抜いてぼーっとしていると、少し馬鹿にしたように踊ってみなよと挑発される。さっきお前より踊ってたわと思う。

周りを見るとロシア美女がいっぱいいる。踊る美人を見ながら夜を明かすのはいい。アジア人三人組が店内に入ってきて、すぐに三人組の美人に声をかけているのが見える。意気投合したのか、行動を共にしている。三人とも美人で少しうらやましい。ぼくの近くで体をゆらしている40過ぎくらいの女性は、ジュリエットビノシュに似ていてとてもきれいだ。

DJが廻すレコードは大体一時間半くらいのコンピレーションらしく、それを一日中使いまわすものだから、ずっと同じところにいると飽きてくる。一応ターンテーブルの上でスクラッチやミュートを駆使して変化はさせているが退屈が時間を追うごとに増してくる。結果お酒が進む。

さっきの三人組のうち一組がいい感じになっている。女性の方が手をつなごうとしているが、男のほうは踊るのに夢中でその手に気づかない。と思っているうちに二人は端で抱き合っている。

ロシアでもクラブを盛り上げる曲はやっぱりアメリカのポップスで、アメリカのソフトパワーの強さを改めて実感する。ロシアの流行歌らしきもので合唱が起こることもあるが、やっぱりアメリカンポップスの盛り上がりはすごい。

何回目かのビヨンセに飽き飽きしてきてタバコを吸いに外に出る。さっき抱き合っていた内女性の方がどこかに行ってしまったらしく、残りのふたりの女が心配している。ひとりは泣いてしまって、もうひとりはそれを慰めている。男は三人ともなす術なく突っ立っている。

噴水通りの方を更に進むと海沿いに簡単な飲み屋が続いていて、そこも夜な夜な踊る人がいる。セキュリティも何もなく、ただ海沿いの道に突然フロアがある。そこの方がいくらか居心地がいい。DJが流す音に合わせて女性がマイクに向かって歌っている。ウラジオストクにおけるカラオケというのはどうやらこういうことらしく、上手い歌声にしばらく耳を澄ます。

鞄を預けているから、またクラブに戻る。胸元をざっくり開けた衣装を着た女性がクラブに入っていく。セキュリティの男が下品におっぱいのボディランゲージを俺に示してくる。形や大きさだけじゃなく、薬指と小指で重さを表現しているのがすごく嫌らしく、あまり気分がよくない。軽く無視する。女性が見つかったらしく、さっきの二人が安心した顔をしてタバコを吸っている。

中に入ると、探されていた女性がバーカウンターで憂鬱そうに座っている。見ていると少し年上の男が声をかけて彼女にお酒をおごっている。すべてがどうてもいいというように彼女の表情は無表情で、サイズの合っていない少し大きめの水色ジャケットがなんだか物悲しい。

少し気になって見てしまう。クラブで退屈している女性は、映画だったらヒロインだ。でもこれは映画じゃないし、ましてや俺なんかが主人公になるクラブはない。朝になる。

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