スリル、ショック、サスペンス(ウラジオ日記26)

舗装されきっていない道が多い。私道と公道という概念がないのか、という位に差は曖昧で、庭みたいなところを抜けたら有名な料理屋にたどり着いたり、ガレージみたいなところを抜けるとお土産屋に着いたりする。一度書いたスプラというグルジア料理屋も、工事現場みたいな殺伐とした空間を抜けたらあった。地図を見ると、それは道として記されている。

だから間違って入ってはいけないところに足を踏み入れてしまうことがある。一度、手で追い払われたところはよく見ると、鉄道の引込み線があるみたいだった。

ずっと気になっていた教会があったので訪れてみた。大通りから路地に入り角を曲がると大きい広場に教会がある。近くまで行くと中を工事しているようだ。教会の向こうから男が二人近づいてくる。工事中だったから、もしかしたら広場全体が入っちゃいけないところだったのかもしれないと思ってそちらを見ると、手で払うようでもない。表情は難しい。怒ってるような顔をしていても友好的な場合が多いから、ぱっと判断ができない。二人の内一人、一際がたいのいいのがぼくの目の前に立つと、次の瞬間激痛が走った。

ケツを蹴られたのだ。正面に立っていて、ケツの真ん中を綺麗に蹴るというのは余程スイングしている。しかもノーモーションでいきなりのキック。やっぱり入っちゃいけないところだったってことか。手で追い払うなり、ロシア語でいいから何か言ってくれればこっちだって下がるのに、何も言わずにいきなり蹴るかねえ、と思っていたら男が後ろを向くと教会に向かって雄叫びを上げる。ウォーという声がよく響く。もう一人の男は黙ってそれを見ている。止めるでもなく加勢するでもなく何の表情もない。それから男は雄叫びと同じくらいの音量で教会に向かって何かを喚き立てている。ぼくは急ぎ足でその場を立ち去る。

さっきの蹴りは肛門にジャストミートしたみたいで、じわじわと痛い。でも肛門を押さえながら、入ってはいけないところから、がたいのいい男を背に、角を曲がって出てきたら、まるでケツを掘られたみたいだから、手で押さえたりはせずに何事もなかったかのように歩いて大通りへと出る。誰かの本気の蹴りを受けたのは始めてだったから、ショックというより興奮していた。苛立ちと戸惑いと高鳴りがごっちゃになってよくわからない感情になる。なんで人に蹴られて胸が高鳴るんだよ、Mかよ。ぜんぜん違う。痛みとかはどうでもよくて、普通に生きていたら起きないだろうなということが異国で起きたことに胸が高鳴るのだ。入ってはいけないところに入った俺が悪いんだし。骨折したりしなくて良かった。蹴りでよかった。武器だったら終わりだし、馬乗りになって殴り殺されたかもしれないし、二人いたわけだから加勢されたらひとたまりもない。そういう死の可能性に触れる瞬間でもあったのだ。

ジェットコースターとかと一緒だ。上海で行った遊園地で乗ったアトラクションは、シートベルトの甘さや、整備してなさそうな雰囲気にスリルを覚え、とても楽しかった。あの感じ。

書きながら思い出したが高校の頃、友だちと蹴り合って遊んでいたら、相手の蹴りが睾丸にクリティカルヒットしたことがあった。しばらくして何か違和感があるなとトイレで見てみると二倍以上に膨れ上がっている。触ってみると痛い。それを友だちにも親にも見せることはなく、ひとり電車に乗って知らない町の病院で検査してもらった。問題ないと言われ安心した。鍵のかかる引き出しの奥に閉まった薬は親にバレていたのだろうか。

いやマジで、蹴られたのがケツでよかった。

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