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落選スル者


「きっとぼくの神さまがその職場は良くないと言っているのだろうて」


二通の「不合格通知」を手にし、ぼくは薄く微笑む。


ぼくは、職歴が多い。


愛しいポウくんのためにこの4年間、低賃金肉体労働をしている。
毎日炎天下でおよそ信じられない量の汗をかいては国籍不明な肌の色となり、上腕二頭筋が恐ろしいほど発達したという。
「早く帰れる」「休みが取りやすい」「家から近い」という条件が、特殊な子供を持つぼくにぴったりの職場だった。
ぼくの汗と涙の結晶はポウくんの胃袋に消えてゆく、苦しくも愉しい労働だ。
が、ポウくんが見えなくなって、帰宅時にほぼ毎日「神様発作」を起こし、いいかげん嫌気がさしたし限界を感じたよね、環境を変えるためと、「ちょっと金でも稼ごうか」という気にもなったゆえ、転職を試みる。


いい歳こいて、ぼくは「就職」したことがない。
きっとできないし、しようと思ったこともない。
よく言えば、(役に立たない)やりたいことが多い、悪く言えば、落ち着きがないんだ。


派遣を好んでいろんな職場に行ったもんだ。
けれど、資格もなければ、知識もない。
ゆえに誰でもできるような職を狙う。
しかし、誰でもできる職は「誰でもできる」がゆえ、競争率も上がる。
そんなぼくでも職にありついてきた、そう、「選ばれた」のだ。


どう考えても「選ばれない系」のぼくが選ばれた理由を知る。
以前わりと長く働いた職場で課長に、なんでぼくを選んだのか、聞いてみた。

「え〜?そうだな、素朴だったから。」

なんだそれ?
そんな理由!?
なんでもその面接に来た他の人はもっとバリバリ仕事ができそうなキレッキレな人だったらしい、けれど、ここではそういう人を欲していなかったから「素朴」なぼくが選ばれたらしい、ありがたいね。


まだある。

とある会社の面接の日、派遣会社の人と待ち合わせたとき、彼女の顔が曇った。

「それ、おしゃれスーツですよ?」

どうやらぼくの着ている間に合わせのスーツもどきが気になったらしい。
どう見ても10は歳下の小娘にこのような指摘を頂くぼくは、どう見てもダメな大人様さ。
いわゆる「リクルートスーツ」をぼくは持っていなかった、あんなペラペラでバカ高いスーツを買える金も常識もぼくにはなかった。
しかし、彼女の心配に反してぼくは受かった、「スーツ」が関係したのかどうかは知る由もない、ここでも他の人は経歴も見た目も話ぶりもぼくより「立派」な人だったと聞いた。
実はその会社に入りたかったけれど落ちてしまったという彼女は「派遣」としてまんまと潜り込んだぼくを羨ましがった。
まあ、この会社はこの数日後ぼくを雇ったことを激しく後悔したに違いない。電話口で奇妙に吃るぼくを電話応対再教育するのに無駄な時間と手間を要することとなったから。。。みんなやさしいんだ。


さて、ぼくは平たく言えば「良くも悪くも害がなさそうだから」で受かったようなもんだ。
どの面接でも、落ちた人は「選ばれなかった」ことで心を痛めるやもしれない。
けれど、面接において「優秀」かどうかは問題じゃないこともあるようだ。
ゆえに、面接に落ちたからといって自分を卑下することはない、「ただご縁がなかった」、それだけのことなんだ。

そのようにぼくはぼくを励ます。
選ばれなくたって、死にゃしない。
タイシタコトジャナイサ。


ぼくは就職しない。
選ばなければ仕事はあるもんだ。
老いるほど仕事も少なくなるけど。
お金は稼げないけど。
でも非常に気楽だ。
贅沢しなければそこそこ暮らして行ける。
ぼくは贅沢に興味ないしね。

キリギリス的なうえ無能なぼくはいつかひどい目に合うのかもしれない、でもどう生きたって「ひどい目」に遭うのだからぼくは今さらぼく以上のものを求める気もしない。
今、ぼくが求めるものはなんだろうか。
それが何かはわかってる。
「努力」はしたいが、「我慢」はしたくない。
老いたぼくにそんな時間は無い。


さて、今度はどれに応募してみようか。