ひきこもりという旅

インドに行くと人生観が変わるという。こういう言辞をバカにする人もいるが、僕はある程度、それはあり得ると思う。ただ、日本に戻ってきたら、また人生観が戻るのではないかという気もする。僕はインドに行ったことがないから、推測することしかできない。

僕は10年間ひきこもりという旅に出ていた。今はインターネットがあるから、昔のそれほど過酷ではない。ただし、親族以外の人とは十年間話すことがなかったし、インターネットにした書き込みは、誰かへ届くというよりも、自分宛てに書いたメールのように、ただ自分に返ってきた。インドが普通じゃない環境なのと同じくらい、僕は人間として普通じゃない環境で暮らしていた。

世界を渡り歩いて自分探しをする人と同じように、あるいは全く別の方法で、僕は自分の中をひたすら旅していた。旅行の記録は実際の出来事とはなんの関係もない、散文や詩の形で繰り返された。誰も読むことのない詩の一文字一文字が正しいか、正しくないかの点検作業。酷いときには一つの詩を一年以上かけて直し続けたこともあった。そういった詩のなかには数千文字の怪文書じみたものもあれば、ほんの短い些細なものもあった。ただそれらの全てに共通して言えることは、この世に実際に起きていることとも、この世に存在している人とも何の関係もない架空の言葉だったということだ。ある一人の人にとっての価値と、世間的な意味での価値とが極端に乖離している物品が集う国がどこかにあるならば、僕の書いたもののいくつかは、その入国審査を通過することができるだろう。

青空

明瞭な夏のあさだ
窓を開けば、
たとえようのない単純さが
目をとおる
耳をぬける
肌をうつ
なんて偉大な単純さだろう、
青空は

2022.8

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