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わたしの好きな曲(貧血は忘れた頃にやってくる)

雨/森高千里

夏の終わりには夏の間にたまった疲れがどっと出やすいと最初に言ったのは誰だろう。わたしが初めて聞いたのはコスメカウンターでタッチアップをしてくださっていた美容部員さんからではなかったかと記憶している。まだ大学生だった頃の話。たしかその日は、就職活動に適したアイカラーを求めるべくコスメカウンターに立ち寄ったのだ。忘れもしないそのブランドの名は、資生堂からかつて発売されていた化粧品ブランド「INOUI ID(インウイ アイディー)」(懐かしすぎて泣ける)である。赤いスケルトンのパッケージがお洒落で20歳そこそこのわたしにはかなり魅力的だったのだ。

あとちょっとでタッチアップも終わるという頃、突然周りの喧騒が大きく大きく聴こえてきて、わーわーという騒音に飲み込まれた後、一瞬何も聞こえなくなってわたしは座っていたカウンターの椅子から倒れ落ちてしまった。あっと言う間の出来事。これがわたしの人生で最初の貧血体験。すぐに気がついて、何が起こったんだろうとぽかんとするわたしに「頭を打っていないか」とか「吐き気はないか」とか「救急車を要請したほうがよいか」とか適切な聴取をしつつ、ひざ掛けを持ってきて足元に掛けてくださったり、夏の疲れが出たんでしょうね、と優しく声をかけてくださったり、ここは天国かなと思ったのを思い出す。その後、立ち上がってよしと判断されたわたしはその百貨店の医務室に案内されて、しばらく休むように促された。なるほど、かつて校長先生の話の途中でぱたんと倒れた人たちに起こっていた現象はまさにこれだったのかと、気付きがあった。頂いた水分を補給して30分程横になったらすっかり元気を取り戻したので(というかそもそも具合は悪くなかった)、帰りに「INOUI ID(インウイ アイディー)」に立ち寄って、先ほどタッチアップして頂いたアイカラーを買い求めて帰ったところまでがわたしの初めての貧血体験。カウンターのお姉さんに、お詫びとお礼も伝えたかったし、あとアイカラーは絶対買うと決めていたので。

その後、社会人になってからの健康診断や、献血ルームでの検査によって、どうやらわたしは貧血気味であるらしいと自覚するにいたった。

初めての貧血体験から早くも20年ほどが過ぎようとしているわけだけれども、この間、覚えているだけでもあと3回、わたしは貧血で人前で倒れた。大変なご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちでいっぱいだ。数年に一度、だけどそれは必ず夏の終わり。だから「夏の終わりには夏の間にたまった疲れがどっと出やすいので、よく食べて、よく寝て、無理をせずにご自愛しましょう」ということを自分への覚書として、そして、実体験に基づいた注意喚起として、ここに記しておきたい。「あ、まずい」と思った時にはもう遅くて、「なんか最近疲れたなー」「だるいなー」「ちょっと一瞬くらっとしたかも」くらいの段階で、貧血対策をしてご自愛態勢を整えなくてはならないのだ。

夏の終わりを感じ始めた時、わたしはもう夏の終わりに絶対に貧血で倒れることはするまいと、これ一本で1日分の鉄分が補給できるという飲み物を急に飲み始めたり、普段はあまり買わないちょっと高めの野菜ジュースや果汁飲料を積極的に摂取している。鉄分を補強するサプリメントも取り入れたほうがよいのだろうか。毎日飲んでいるプロテインを鉄分を多く含む豆乳に溶いて飲むという手もあるけれども、そうなるとカルシウム方面が心許ないし。とにもかくにも、貧血は忘れた頃にやってくる。世界は優しさで溢れていると言えども、優しさに甘えないように、倒れないように、しっかり生きていきたい。おやすみなさい。

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