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傘泥棒に告ぐ

それは予見できたはずの雨だった。私は傘を持ってきていたのだから。

講義の帰り足に土砂降りに遭遇したとして、そして雨に対抗する術を持ち合わせていなかったとして、それはすべておまえの責任だ。折りたたみ傘でも持ち歩いていればよかったのだ。何もないならば、過失を受け入れて濡れて帰ればよかったのだ。

おまえはあろうことか、「手頃だ」とでも思ったのだろうか?私の傘に手を伸ばしたな。

その傘の持ち主が雨に濡れるだろうことなど、ちっとも考えなかったのだろうな。

この街において、ビニール傘というものは、ポケットティッシュに近しい価値のものらしい。

以前土砂降りの中、自転車を押して信号待ちをしている時、見ず知らずの留学生が差し出してくれたのはビニール傘だった。

その留学生は、ただただやさしさのためにビニール傘を私に寄越してくれた。一方で、知らない相手にも渡せるくらい、ビニール傘はライトな存在だということでもあるのだ。

だからこそ警戒すべきだった。目の届かない傘置きに置いてくるべきではなかった。

おまえは知らなかっただろうが、手頃だと盗っていったその傘は、私が「エルドラド」と名前をつけてまで可愛がっていたものだ。単なる雨よけの道具じゃない。

人の傘を平気で盗んでいくおまえに、エルドラドが大切にされるはずがない。それは何よりも悔しいことだ。どうせ晴れの日にでも傘のことを忘れ、また通り雨で同じことをするんだろ。

傘泥棒に告ぐ。
おまえを呪ったぞ。


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