SNSコミュ障って話

 こんにちは。昔あった美術のテストを思い出しました。期末試験に絵を描く実技の欄があって、一生懸命描いたのに、30点満点で絵が下手でもみんな25点くらい貰ってるのに、私は17点でした。本当にその理由が分からなくて、でも漠然と、あ、私は絵が下手なんだと気が付きました。

 はのとです。初めまして。

 SNSって永遠の課題だと思うんですよね、人として。あ、最近人として、っていう言い回しにハマってます。何週か前のヒロアカのアニメであった「高いところから落ちたら死ねよ、人として」っていうセリフをえらく気に入ったからです。え、この表現めちゃくちゃ面白くないですか?今のところ弟からしか賛同得られないんですけど。

 まあそれはいいとして、私SNS苦手なんですよね。昔は超得意だったし、SNSに住んでいたんですけど。余計な自意識を備えてしまってから、SNSが苦手になりました。

 例えば、ちょっと落ち込むことがあったとするじゃないですか。ちょっとね。そういうとき、昔の私だったら「落ち込んだ~~でも元気に生きていく~~」みたいなあほっぽいツイートしてたと思うんですよ。それから、例えばいいことがあったとき、「最高!!生きててよかった!!嬉しい!!」みたいにストーリーに上げてたと思うんですよ。

 でも今はね、そういうの一旦うつところまではやるんですけど、

「あー、、、やーめた。」

 ってなって消します。ツイッターの場合は、下書きに保存。なんかね、文字打って、でもいざ発信、となると手が進まない。これがね、例えば「無限列車面白かった~」っていうなんの意味もないツイートでも、同じ現象が起こります。発信できない。

 なんでなんでしょうね。どなたか同じだって方いらっしゃいませんか?なんども面倒くさい感情ですね。面倒くさい思考ですね。


 たぶんね、そのツイートを客観視しちゃうんです。それで、「あーこいつ心配してほしいからわざわざツイートしてんだ」って、自分で自分に思っちゃうんです。だって、わざわざ人の目に触れる場所に発信するってことは、そういうことじゃないですか。

 ただ文字に起こしたいだけなら、日記にでもメモにでも残しておけばいいんです。公に向けて発信する必要なんてない。でもそうしないのは、少なからず、もしかしたら無意識のうちに、誰かに見てほしい、って思っているからだと思うんです。少なくとも、私はそう。

 だから出来ない。そんな無駄な自意識が邪魔をして、もう何もSNSに発信できません。これが理由の一つ。


 SNSってさ、結構負の感情の海みたいなところあるじゃないですか。個人的に気に入らないことがあればつぶやくし、誰かに対してムカつけばそれを発信するし、ね。でも、例えば誰かとか何かの作品に対する否定的な感情を発信したとして、それを目にした本人はどんな気持ちになるんでしょうね。

 私、昔少しだけ、一部の界隈でエゴサに引っ掛かるような注目を浴びた瞬間があったんです。瞬間ね。しかも、一部の界隈だけです。そんな小さな注目ですら、私はすごく怖かった。

 基本的にはプラスな意見が多くて、色んな人から素敵なメッセージが届きました。不特定多数の人に注目されることなんてないから、初めはかなり戸惑ったけど。何が注目されるかなんてわかんねーなって、当時すごい思いました。

 でもね、それだけ注目されれば、もちろん否定的な意見もいくつも届く訳で。いやー怖かった。あんた誰だよってやつから、私に対する決めつけを当然のように根拠に使って批判されるんですもん。いやいや、あんた私の何を知ってるんだ、と。

 それで、エゴサなんかもしてみたんですよ。そしたら、あるわあるわで。否定的なやつね。でも、私に伝えているものじゃないから、それはたぶんただの感想。感想ね。みんな言うでしょ、ドラマとかアニメとか映画とか、つまんなかったらつまんないって。そのくらいのノリの、感想。

 それすらも、案外人は傷つく。それを、身をもって感じました。そのとき初めて知りました。

 それ以来、私はSNSで何も言えなくなったんです。だって、何が人を傷つけるかなんて分からないから。ほんの些細な感想でさえも、言えなくなりました。

 例えば、私は毎週ジャンプを楽しみに日々生きている少年なのですが、もちろんたくさんの作品があれば、好き嫌いはあります。好き、は思いっきり発信します。でも、逆はしない。というか出来ない。それがただの感想であっても。あんまり好きじゃないんだよね~、みたいな世間話調でも無理。得意じゃない、でギリ行けるか行けないかくらいです。

 面倒だね。マイナスな意見も作品のためになる、みたいなのはあると思います。多少はね。実際、顧客の生の意見が大事なのもよく分かります。でも、私はあくまで素人。そんなにボロクソ言っていい身分ではないと思うんです。

「今週の○○微妙だった」とか、「先週の方が面白かった」とか「○○は私には合わない」とか、そのくらいならいいと思う。あくまでも私の尺度ですからね。押し付けるとかじゃなくて、私はこう感じるって話。

 だけど、「○○クソだった」とか、挙句の果てに「早く終わってくれ」みたいなやつ。これはもう批判とかじゃないよね。普通に悪口だよね。よくない。関係ない私まで、見ていて不愉快な気持ちになります。言い方の問題で、ここまで感じ方は違う。怖いね、言葉って。

 言葉は簡単に人を変えてしまう。人を壊してしまう。重いんですよね、言葉って。だから、簡単には発信なんてできません。だから、私はSNSでポジティブなことしか言わないです。他の誰かの発言で傷ついた人も、私の言葉で元気になってほしいな、という気持ち。まあ、私の言葉が人に届く可能性なんて低いですけどね。

 これが二つ目の理由。


 二つの理由全然違うけど、理由が二つもそろえばSNSなんて使えなくなります。もっぱら情報を得るためのツールになってしまっていますが、それでも発信するなら、ポジティブに。SNSなんてもっと楽な気持ちでやりたいのにね。

 まあとにかく、楽しい話でもしましょうよ。SAKAMOTO DAYSとウィッチウォッチは最高に面白い。

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