部内の母の裏側はすごく不器用なnちゃん へ

部内の母の裏側はすごく不器用なnちゃん へ

 お久しぶり。最後にZOOMしたのはいつだっけ、年末かな?それ以来ぶりだね。どんな春休みを過ごしていますか。

 nちゃんは、初めて出会ったときから、私の中で印象が変わっていない唯一の部員だよ。最初から最後まで、みんなのお世話をして、間に入って、孫線して引き受けてくれていた。でも、私は知ってるよ。そんなnちゃんが、本当はすごく不器用で、自分のことは全然世話できてないって。

 それに気が付いたのは、私が部活に戻って数か月した頃。文化祭の時期かな。色々大変でみんなキャパオーバーで、それはnちゃんも例外ではなかった。だけどみんなを思っていつも笑顔で、厳しことも言わずに黙々と作業を続ける。そんなnちゃんの背中は、全てを語っていた。私にはそう見えた。

 でもnちゃんはみんなのお母さんだから、真っすぐに向き合っても弱音なんて吐いてくれない。それは強いように思えるかもしれないけど、本当は一番弱い人の特徴だよ。nちゃんは、どうしてずっと強いふりをしていたんだろう。未だに分からない。

 文化祭の時期、装飾とか準備とかで忙しくて、美術の才能があるnちゃんは装飾を統括していたけど、生憎私たちの部活には、それも同期の残りには、装飾物に触れるだけで壊してしまうようなすっとこどっこいしかいなくて、nちゃんはずっと一人で、後輩と一緒に作業をしていた。そのときの寂しい背中を知っていた。でも、前述のすっとこどっこいの筆頭は、一歩を出せなかった。

 私にできたことは、帰り道に軽く話を聞くとか、ちょっとラインしてみるとか、朝早く行ってnちゃんのクラスに顔出すとか、それくらいだった。それでもnちゃんは弱音を吐かないで、笑顔だった。

 nちゃんが弱さを見せ始めたのは、奇しくも最後の大会が終わってからだった。他の同期が誰も地区を突破できなかった中で、nちゃん一人だけが通った。正確にはnちゃんと後輩の一人だったけど。それで、nちゃんはみんなが部活を引退した後も、一人で練習を続けていた。

 ずっとお世話になっていた顧問の先生は産休から育休に変わっていたし、その後仲良くなった臨時の先生も異動されて、nちゃんの置かれた環境は本当に孤独そのものだったね。しかも、部室には普通に後輩がいるし、クラスは文化祭の準備に取り掛かり始めていた。nちゃんの孤独は広がるばかり。

 一人だけ通過したことで、私以外の四人とnちゃんは少し気まずくなっていた。みんな言葉ではnちゃんを応援するけど、態度はどこかぎこちない。悪意からくるものではない。だけど、上手く振舞えない。だから、大会に出場せず、唯一地区で敗退していない私が動くのは、ごく自然な流れだったと思う。

 クラスでの準備、有志団体の発表の準備の間を縫って、私は部室に通った。お菓子を持って行ったり、つまらない話をもっていったり、部員以外の友だちを持って行ったり。そうしている内に、nちゃんは、少しずつ強くなっていった。弱音を吐くようになった。

 いつもいつも、私たちより高いところで見て、守って、動いてくれていたnちゃんを、私は出来る限り温かく受け入れた。それしか出来なかったけど、出来る中で最善を尽くした。私が唯一出来ること、唯一役に立てること。

 nちゃんは笑顔を取り戻してきて、部員との間のぎこちない壁も少しずつなくなっていった。だいたいこういう問題は、時間が解決してくれる。時間が経って、部員も私のように、否、それ以上にnちゃんの下に通ってたよね。一緒に練習したり、まるであの頃みたいだった。やっぱり、みんなで笑ってる時のnちゃんが一番可愛かったよ。

 大会が終わり、文化祭も終わり、受験も終わった。nちゃんと私の大学は、方向が同じで、使う電車もほとんど同じだった。と言うことに気が付いたのは、入学してい1か月ごろのことだった。帰りの電車で、懐かしい、優しい背中を見つけたとき。

 nちゃんは、高校生の頃より何倍も優しく、そして強くなっていた。普通の友だちみたいに、授業や新しい環境への愚痴が止まらなかった。昔だったら考えられない話題に、私は嬉しくなった。本当に嬉しかった。やっとnちゃんと、友だちになれた。勿論、ずっと友だちだった。だけど、こうやって双方向のやりとりをすることが、よりその実感を強めた。

 授業もバイトも恋愛も、やるべきことが沢山ある大学生活は、私たちにはやや難易度高いよね。だけど、一緒に頑張ろう。また嫌なことがあったら、いつでも聞くからね。代わりに、私の愚痴も聞いてね。


2021年2月24日 はのと

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