チョコレート

休み明けの月曜日、終電に揺られて帰る。
疲れてしぼんだ身体を補うように、カバンから出した一粒のチョコを口に運ぶ。
バレンタインのお返しに、ともらったチョコだった。

たまたまその日は私が家に行く日だった。
世間はチョコレートまみれで、駅前のデパ地下も賑わっていた。
たまにする少しの贅沢が好きで、ときどきいいものを買いたくなる。
普段からお世話になっているしね、そう頭の中でつぶやいて、GODIVAで小さな箱を買う。
義理チョコなんて、もうやめませんか?って、そんな広告を新聞に出したことが話題になっていたけど、やっぱりGODIVAの周りには人がたくさんいた。

小さな箱を手に家にあがると、予想通り彼はまだ寝ていた。LINEの既読がしばらくつかない時は大抵寝てる。
不機嫌になるのを知りながら無理やり起こして、ご飯を食べに行こうと言った。外はもう日が暮れていた。
幸せにたべてね、そう言ってあの箱を渡したけれど、彼はありがと、とだけ言って、中身を開けようとはしなかった。

その日はたしかに美味しいものを食べたけれど、帰り際は相変わらず見送る素振りなんて見せずに、まるで初めから私のことが見えていないかのように自然にエスカレーターをあがっていった。

彼がお返しにとくれたのは、同じ形がたくさん入ったチョコで、食べても食べてもなくならない。それもまた少し贅沢な気がして嬉しかったけれど、そんな自分の単純さが少し悲しい気もした。
私はこうして一粒一粒を幸せに食べている。彼はあの小さな箱の4粒を幸せに食べたんだろうか、とふと思うけれど、そんなのは知る由もなかった。
あの4粒の一番幸せな食べ方は、少しもったいぶってゆっくり箱を開けながら、2人で一緒に食べることだと、私は知っていた。

苦味のついた濃い抹茶の味が口に広がって、あの街を思い出させる。それが絵に描いた嘘だとしても、味で思い出せる場所があるだなんて、羨ましい。
そういえば、はじめて2人で食べたのも抹茶のパフェだった。

すぐにたどり着けそうでいて、手は触れない、そんな距離を保って歩く後ろ姿を眺めながら、いつもその視線の先を遠くから想像している。
少し前にお酒を飲みながら友達に言われた一言が、勝手に私の中で増幅して、「早く彼を解放してあげたら?」そんなセリフがこだましていく。
友達は、決してそんな言葉遣いはしないのに。

寒さは少しずつ遠ざかっていこうとしているけれど、私はまだ丈の長いコートにしがみついてる。
カバンをあけるたび、彼にもらった長財布の革の匂いがふわっと香る。鼻の奥がツンとして、抹茶のチョコをまた一粒、口に運ぶ。

#エッセイ
#チョコレート
#ホワイトデー

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