見出し画像

エロを小さじ1 《第八話》

《第八話》池上貴明と島春香

「なんとなくカラクリが分かってきましたね」
 池上貴明が言うと、島春香は頷いた。
 貴明と春香は、喫茶店でかれこれ二時間も話し込んでいた。

「まず男女とも、ネット上でアンケートに答えるのね」
「年齢や好きな異性のタイプを訊いて、カップルをおおまかに作成するため、だな」
 貴明も春香もネットで講習会の申し込みをした。そのとき、住所、氏名、年齢、身長、趣味や好きな異性のタイプを記入したのだった。
「そしてA駅のマンションには、エロティックの素をつけてセクシーになったと暗示をかけられた女たちがいるのね」
「B駅の事務所には、恋愛運が良いと言われた男たちが集められている」
 二人で顔を見合わせて頷いた。
「女たちが講習会で肉じゃがを作ったりしているうちに、女の容姿や服装の情報がB駅のファシナンテに伝わる。運命の女性としてね」
「男たちもエロティックの素をかけられて、運命の女性に声をかけるよう応援される」
「そして女たちは、声をかけられるとエロティックの素の効果を信じる」
「声をかけて上手くいくと、男たちもエロティックの素の効果を信じる」
 貴明も春香も、男たちが声をかける姿を見た。女たちがはにかみながらも上目遣いに微笑む顔を見た。 

「でも、こんな単純な馬鹿げたやり方で成功するのかしら?」
「現に、あなたの妹さんと彼氏はカップルになった。僕の父も女性とお茶を飲んでいるよね。」
「でも、男性頼みの計画ですよね。男性が声をかけなければ、始まらないですよね」
「いや、男が声をかけてもかけなくても、カップルが誕生してもしなくても、どっちみち、男も女もエロティックの素は買うように仕向けられるでしょう。恋人獲得のためには、よりセクシーになるように、より自信がもてるように、買わないといけないと思わせるのです」
「あぁ、そうね。そしてカップルになったとしても、自分の魅力を維持するために、エロティックの素を買い続けるのね。私の妹のように」
「そういうことです」
 はぁ。二人揃ってため息をついた。
 
 そして、二杯目のコーヒーを黙って飲んだ。それぞれがしばらく考え込んでいた。
「私、妹に、エロティックの素は詐欺だって証明してあげると言ったんです。でも、このカラクリを伝えても良いのかなぁと不安になってきました」
 貴明が春香をじっと見た。
「妹の冬美は、声をかけてきたヒロシくんって子にもう恋してるのです。運命の出会いだって思っているようです。今、楽しそうにしているのに、ヒロシくんが声をかけたのはファシナンテのメモからで、作られた出会いってことになったら」
「自信がなくなる?」
「そうですね、自信もなくなるし、ヒロシくんとの仲もどうなることか。」
 貴明は頷いた。
「でも、そのヒロシくんもエロティックの素を買っているはずだし。お互いが本当の事を知って、それでもお互いを好きだと確認できたら良いんだけどなぁ」
「そうですよね、まぁ、事実は伝えないといけないですよね」
 春香がため息をついた。
 二時間ほど話し込んで、貴明の春香に対する印象は良い方へ変わっている。妹思いの勝気な姉。あっさりとした性格が出ている話し方も、好印象だった。
「あなたのお父さんは、どうですか?」
「僕の父は、最初からエロティックの素のことは疑っていたので、父さんはセクシーになったかな? と僕に相談してきたのですが」
 貴明はそこでクスッと笑った。
「それ詐欺だろって言ったら、しばらくはシュンと落ち込んでいましたね」
 
 でも、父は変わった。 
 ファシナンテで運命の女性を示唆されて、その女性とお茶を飲んだ父。そのとき、父は思ったそうだ。
 楽しい。
 それは女性とお茶を飲みながら話したということだけではない。子育ての悩みを聞いて、自分の子育て時代を思い出すことも楽しかったと言うのだ。
「父さんは、子供が好きなんだよ」
 父はそう言った。
 そして定年後のことも真剣に考えて、グランドシッターの講習を受ける予定だと言った。子供に関する仕事の他の資格も調べているらしい。
「子供が好きだし、保育園で働けたら子育て中の人の悩みを聞いてあげるからね」
 そう言って笑ったあとに、
「父さん、母さんの悩みはあまり聞いてあげなかった気がするんだよなぁ」
 と言っていた。
 
「まぁ、そんなこんなで、僕の父は婚活は止めて、定年後の準備を始めたようです」
 貴明が言うと、春香はにっこりと笑った。
「素敵なお父さんね」
「今度は資格関連の詐欺に合わないように、僕も父の話をちゃんと聞くようにします」
 貴明は父に婚活を勧めた責任感から、このファシナンテのことを詳しく調べたいと考えた。ファシナンテやエロティックの素に関することが分かったら、すべて父に報告するつもりだった。
 
 それから、二人で今後どうするかを話し合った。
 貴明はとりあえず警察に相談してみると春香に言った。警察相談専用電話の番号はもうネットで調べていた。
 春香は、消費者ホットラインに連絡して、エロティックの素そのものを調べてもらえるか訊いてみるとことになった。
 貴明と春香は連絡先を交換した。
 貴明は春香に言った。
「あなたと話せて良かった。何かあったら、いつでも連絡してください。僕も連絡します」
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?