見出し画像

妖怪とわたし(その2)

1.かわいい妖怪の絵(しん板お化けづくし)

前回につづき、妖怪柄の千代紙を買ったのがきっかけで自分でも描いてみようと参考を探して眺めているのですが、やっぱり楽しいなと思うのは、おもちゃ絵(玩具絵)で、さらにその中でも生活道具や食べ物が変化した「つくも神」です。
下の画像は国立歴史民俗博物館で買ったポストカードで、絵もいいんだけど文字もよい。下から2段目左、こづちの顔が好き。上から2段目右から2つ目、タコとその左隣の「お供え」もかわいい。宴会芸をするダルマも絵になる。

新板おばけづくし 歌川国利 1888年 国立歴史民俗博物館蔵

ネットで検索すると他にも色々なお化けづくしに出会えて、細部まで端正に描かれた芸術性の高いものもあればバカバカしいほどゆる可愛いものもあって、とくに後者のとぼけた姿に口元がゆるんでしまう。ここでは複数の資料(日文研デジタルアーカイブより)からお気に入り(部分)をちょこっと載せてみます。

出典:すべて日文研デジタルアーカイブ 左下;しん板化物尽し 歌川芳盛18-- 
左中: 新板化物づくし 歌川芳幾 1853 左上:新作おばけ野噺 菊哉近二 1886(明治19)
右:大新板ばけ物ずくし 豊貞 明治--

画像右の野菜や道具たちの踊っている姿、のびのびしていて楽しい。かぶはちょっとイキッているけど抜け感がいい感じ。本もかわいい。たけのこはモテそう。
彼らを見ていると、現代の映画館で上映前に流れる盗撮防止CM「NO MORE 映画泥棒」のカメラ男とパトランプ男、ポップコーン男などもこの子孫にあたるのだろうなとしっくりきます。
左上はこんぺいとう。その右隣はお正月に食べたりするクワイで、背後に「田の中から ちょんまげのお化けが 出るとは くわい(こわい)ねぇ」的な文字があるのが愉快です。阿波踊り風ポーズも良い。考えてみれば絵師の皆様こそデッサン力お化けです。全体像はそれぞれのリンクからご覧になれます。

2.かわいい妖怪の絵(化けたぬき)

前回は九尾の狐猫又(化け猫)の話になりましたが、化ける動物の代表といえば「たぬき」もでした。
近ごろ洋菓子店の昔懐かしいたぬきケーキが(レトロでSNS映えすると)人気らしく、とぼけた風貌は令和の今も愛されているようです。名前のたぬき=「他抜き」は、タコ=「多幸」とともに縁起が良いので私もモチーフとして好きです。
縁起物といえば信楽焼のたぬきも飲食店などでおなじみですが、同じ商売繁盛祈願でもキツネ(お稲荷様のお使い)ほど神格化されていない分、化けた時もあまり怖くないなと。ゲゲゲの鬼太郎に登場する刑部狸(ぎょうぶだぬき)はかなり怖くて悪いので例外としても、もともと愛媛県松山市に伝わる説話の化け狸(刑部狸)自体は武闘派の好漢、みたいなイメージ。

たぬきのお化けを調べると、「狸の睾丸八畳敷」(たぬきのきんたまはちじょうじき)という言葉を表す姿を目にすることも多く、面白いを通り越して何だこりゃ、となります。例えるなら、何気なく注文した料理が想像をはるかに超える大盛りで運ばれてきた時のような、笑っていいやら困るやら呆れるやら感動やら、のあの心境。

出典:日文研デジタルアーカイブ 左:せんきもち ; 狸の七ふく神 歌川国芳 江戸後期 
右:さむがり狸 ; 初午のたぬき 歌川国芳 江戸後期 

ある時は七福神に、ある時は炬燵や太鼓に…というのはわかるけど、左上は一体何だろうと思ったら「せんきもち」=疝気持ちは下腹部や睾丸 (こうがん) がはれて痛む病気の総称らしく、お医者さんが脈をとっている図のようです。別の作者も含め、だるまや地球儀、船、人力車、理髪店のケープなどへの転用もありましたが、河鍋暁斎が師匠の国芳の作品と同じようなたぬきを描いていて、よりポップで現代風の仕上がりでした(海外向け版画ギャラリーで販売中、$1,600也)。

昔話「ぶんぶく茶釜」についても少し。これは妖怪画で有名な鳥山石燕『百鬼夜行拾遺』にも収録の「茂林寺の釜」=茂林寺の僧が実は化け狸だったという説話がもとになっているようです。前回取り上げた九尾の狐は傾国の美女に化けて災とともに国を渡っていましたが、茂林寺の僧に化けたたぬきは、インドで釈迦の説法を受け中国に渡り日本の寺にやってきて、数千年生きても悪さをしないどころか不思議な茶釜でいくらでもお茶を出してくれるだけ。茶釜そのものに化けて廃品業者(屑屋)に売られて綱渡りの芸をする昔話とは筋が違うものの、どちらも怖くないし誰も死なないので一安心です。

村井静馬 著『[お伽噺]』文福茶釜,小森宗次郎,明9.10. 国立国会図書館デジタルコレクション

3.かわいい妖怪の絵(小泉八雲)

2024年は小泉八雲の『怪談』出版・没後120年なのだそうです。そして2025年度秋からの「NHK連続テレビ小説」は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻・小泉セツさんをモデルにした物語『ばけばけ』。
先日、出先でもらってきた「ステージぴあ関西版」に劇団イキウメの舞台『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』の素敵な広告が載っていて、気になるタッチの妖怪の絵が「小泉八雲自筆画(提供:小泉八雲記念館)」だと記されていたのでWebサイトを見に行くと、過去の企画展のチラシにも同じ妖怪たちがいました。

出典:小泉八雲記念館

ろくろ首などの自筆画はネット上では閲覧できないと分かり、先日、国立国会図書館へ出かけて『小泉八雲秘稿画本妖魔詩話』(小山書店1934/復刻版:博文館新社2002)と、上の企画展の図録も見てきました。
2冊ともコピーは取れたんですがどちらも無断転載不可なので、ここには一般公開されている本から船幽霊の絵を。

小泉八雲伝 (ブックレット ; 第2編) 野口米次郎 著 富書店 1946(昭和21)国立国会図書館デジタルコレクション

『妖魔詩話』の中で船幽霊ときつね火の絵は特に西洋っぽく、ろくろ首なども浮世絵や黄表紙(全ページ絵の隙間に文字が入った江戸後期の読みもの)などで見る妖怪とは違う意味での「異界っぽさ」が魅力でした。
もっとも親しみを覚えたのは「逆柱」(サカバシラ:家屋の柱を逆さにしてたてると夜に柱がうなったり柱の魂が抜け出して部屋を歩き回り厄災があるとされた)の絵。先ほど2.のたぬきの所でも挙げた鳥山石燕 の『百鬼夜行拾遺』やそれを手本にした水木しげるさんの表現とは違って、柱から顔がニュッと出ているメモ書き程度の絵がかえって想像力を掻き立てるというか。ここには私が模写したものと、その絵で思い出した子供の頃に見た天井の顔を載せてみます。

もう少し小泉八雲の自筆画を。これらは手紙の中に添えられていたようで、妻セツさんに伝えようとした気の毒なお地蔵さんの話に八雲のキャラクターがよくあらわれていて、石の涙を流すお地蔵さんの絵にクスッとなりつつ、ちょっとしんみり。

小泉八雲 著 ほか『耳なし芳一』,小峰書店,昭和25. 国立国会図書館デジタルコレクション

この機会に懐かしの「耳なし芳一」や「茶碗の中」など小泉八雲作品を読んで夏休み気分になった私は、山岸涼子さんの漫画『海底より』(耳なし芳一の現代版というか、壇ノ浦の平家の亡霊に誘い出される元アイドル歌手の女性が描かれる)もまた読み返したくなりました。
今から朝ドラ『ばけばけ』が楽しみです。

4.かわいい妖怪の絵(近代のつくも神)

ネットで百鬼夜行絵巻を探している途中で見つけたのは、百鬼夜行図ならぬ、百鬼行図。絵巻なのでもっと左右に長いんですが、その一部がこんな感じ。

百鬼晝行圖 平福百穂:画/ 西村真次:跋文 1934 日文研デジタルアーカイブ

上の画像の右半分を拡大したのがこちら。右端のマッチもいいけど中ほどのお中元?が腰低そうでいい感じ。

百鬼晝行圖 平福百穂:画/ 西村真次:跋文 1934 日文研デジタルアーカイブ

と思って画家の名前で検索すると、これらの「つくも神」について説明している本(大正時代に出版された大町桂月著『絵入訓話』)があり、ネット上で閲覧できることを知りました。本の中で、上の画像の左から3つ目についてこんな説明があります。

菓子折に手足が生えたるなり。文明の世の中には、菓子折までが人に化くるようになれり。この折の中にあるは『胡麻菓子』という菓子なり。これが、局長、課長、社長、それぞれ勢力ある人の家にひそみゆく。(後略)

大町桂月 著『絵入訓話』,富山房,大正5. 国立国会図書館デジタルコレクション(一部引用者が現代語に調整しました)

つい先日、訪問先で出されたお茶菓子が京都の老舗「 田丸弥(たまるや)」さんの銘菓「白川路」(薄焼きごま煎餅)で、昔から知り合いの方からよくいただく親しみ深いお菓子なのですが、お店のwebサイトに「空海(弘法大師)から伝授された804年そのままの手法を生かして焼き上げたお煎餅」とあるので、「喜ばれる菓子折=胡麻菓子」説に納得です。
他に絵巻で目を引いたのは、冒頭のこのあたり。

百鬼晝行圖 平福百穂:画/ 西村真次:跋文 1934 日文研デジタルアーカイブ

右端の百円硬貨のつくも神について説明しているページの画像がこちら。

大町桂月 著『絵入訓話』,富山房,大正5. 国立国会図書館デジタルコレクション

20世紀の化け物はずうずうしくなり昼間から公然と歩き回る、と前置きして、百円金貨(お金の象徴か)は「兄弟の仲を断ち、親戚の仲を断ち、親友の仲を断つ」妖力を発揮するとの説明が小気味よい。妖怪と人生訓がセットになるとは思いがけない収穫でした。

5.かわいい妖怪(現代のつくも神)

先週京都に帰省して堀川通を南下するバスに乗っている時、平安時代に安倍晴明や藤原常行らが百鬼夜行と遭遇したと言われる場所(現在の二条城あたり)を通りました。その後五条堀川でバスを下車し、大宮通りまで歩いて辿り着いたお店にかわいい置物が飾られていました。

五条大宮から少し西へ、中堂寺櫛笥町 餃子みこ(餃子&カフェ)さん

棚の奥に「くだん」(件:人面牛体の幻獣で未来を予言をするといわれる)かな?というような気になる置物もあって、津原泰水さんの原作を近藤ようこさんが漫画化した『五色の舟』の「くだん」を思い出したりしたものの、食事に夢中になって棚全体(くだんの他に天狗もいたのに)を撮り忘れてしまったのだけど、上の画像の左下あたりの餃子のフィギュアが後から気になって。調べてみたらこれでした。

餃座(ぎょうざ)マスコットフィギュア/Qualia 5種類各300円(2022.6発売)

「餃」だから全部座ったポーズで、そうした遊び心は江戸時代のおもちゃ絵に通じるものがあります。これに限らずアンパンマンたちも出自は違えど姿は現代のつくも神みたいなもので、考えてみれば今も身近なところに「つくも神的な何か」はいるんだろうなと。

6.かわいい妖怪の絵を自分で描いてみた

自分の部屋にも「つくも神候補」っぽいものがありまして。
まずはパソコンのキーボード。
打とうとする内容と無関係な言葉が打ち込まれていることが多々あって、たとえばハニホ堂という自分の屋号を打ち込もうとすると、【はにほさん」のPR。】という謎変換されてしまうし、ハニホだけ単独で打つと【ハバラ】に変換されるのです。【デジタルアーカイブ】と入力すると【ですが】になったり…
つい先日は取引先のお客様に「ぜひ、こちらこそロンドンお願いいたします。」と送って、お客さんから「ロンドンに行かれるのかと思いました」とお返事がありました。「どうぞよろしく〜」の定型文がどうしてロンドンになったのか謎すぎる。キーボードにからかわれているのか、何か私に訴えたいことがあるのか、単純な不具合か、考えてもわからないので、いっそ今後は謎変換されたら逐一メモしてサンプル集めを楽しもうかなと。

もう一つは鏡。10年以上前にガラス店で買った古い鏡が、どうも持ち主の私に忖度(そんたく)してボカシやハイライトをきかせてくれている気がするのです。だから出先のトイレなどで鏡を見たとき「ひぇっ」と真実に気づいて愕然とすることが多々あって。家の鏡だけでなく、洋服屋さんの鏡にも時どき実物以上に全身をスラッと映す「営業鏡」がいてうっかり衝動買いすることもあるので、鏡にはやはり古来から様々なものが宿るのかも、と思ったりします。

さて、2回目の妖怪柄ができました。夏祭りで踊っている様子です。

怖くない妖怪柄その2
お菓子の包装紙をイメージしたレイアウト 
*「やかん」と「もくもくれん」と「がいこつ」、「将棋のこま」を追加しました。

*実はこの記事を書いていて、最後の方にリンク設定までした画像がすべて消えるというおそろしい出来事がありました(掲載した画像以外に興味ある資料を閲覧しまくっていたので出典の資料、ページを探すのが大変!)。普段の仕事ではバックアップをとっているので復旧できる場合が多いけれど、noteは「消しますか?」と確認されて押したらもう完全に終わりなんですね。下書きが複数あったり複製も知らぬ間に取っていたので不要なものを整理したつもりが大失敗。現実の世界で冷たい汗をかきました。