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2ヶ月に1度、君に会う

「松永さん、こんにちは」
声が聞こえてきて、わたしは視線を上げる。
「お待たせしてしまってすみません」と言われたとき、わたしはLDKを懸命に読んでいた。
だから、「ぜんぜん大丈夫」と言って笑った。

今日は、美容院に寄った。

美容院には、2ヶ月に一度くらい行っている。
前髪が伸びてしまった頃、そして毛量が増えて髪が乾きづらくなる頃は、だいたい同時に訪れる。

「今日は予定が急に空いちゃったんですか?」と問われて、わたしは首振る。
「仕事が早く終る日だったの、思い出して。お昼に予約取ったんだ」と伝えて、彼は頷く。
「朝には、松永さんの予約なかったから」と言って、笑う。

美容院で、彼を指名するようになってから、ずいぶん経つ。
この美容院は、前の前の仕事をしているときに来やすい場所だったけれど、仕事を変えても美容院は変えなかった。
わたしは彼のことが好きだった。
そのすこやかな性格も、人懐っこく笑うところも、
そして、彼の信じる「かわいい髪型」というのも信じていた。

「LDKってほんとおもしろいよね」と、わたしの気持ちの半分くらいは、まだLDKの中にいる。
「今はiPadだけどさ、ちょっと前まで紙の雑誌置いてたじゃないですか」
彼は、唐突に話し出した。
「その人の年齢とか、雰囲気とか見て雑誌決めるんだけど、3冊選ばなきゃいけないから」
「LDKは、絶対入れてたんだよね。誰に出しても大丈夫な気がして」と言って、また笑う。
確かに、と言ってわたしも笑う。
LDKは友達も好きだし、きっと母も読むだろうし、年下の女友達も読むだろうと思えた。
なるほど納得すぎる。
そして、「どの雑誌を出そう」と悩む彼がLDKを選んで安心している姿を思い浮かべて、わたしはまた笑った。


「何か最近おもしろいことはあった?」
わたしは彼に、そう尋ねた。
わたしは彼の話を聞くのが好きだった。
外で遊ぶのが好きで、夏は海、年末は実家に帰って、なんだかすごく健全な感じがして、「出掛けるのがめんどくさい」と思ってしまうわたしとは、全然似てない。
だからついつい、尋ねてしまう。
「1分間考えさせてください」と言われて、「困らせちゃったかなあ」なんて思っていたら、彼はすぐに語り出した。

「お店の床をね、張り替えたんですよ」
きれいになったでしょう、と言われたけれど、色が大幅に変わったわけじゃないからよくわからないと答えたら、「こんなに違うのに」と言って彼は笑った。
「床の張替えで、3日間お店が休業になったんです」
「ああ、そう言えばそんなこと言ってたね」

前回このお店に来たのは2ヶ月前で、そのときに言われたんだった。
「5月の中頃に床の張替えがあるのでお休みになります。気をつけてください」、と。
次は2ヶ月後だから、たぶん床が変わっていることだね、なんて話していた。

彼は、その3日間のお休みの話をくれた。
「バーベキューを2回やりました」
「えっ? なんで?? なんで2回??」
「別の友達とやったから」
「バーベキューの予定が2件入ってたってこと??」
「そうです」
ええ、すごい。
わたしは感心した。
バーベキューなんて、大学4年の頃依頼やってない。
当時の軽音部の定例イベントで、毎年4年生が企画をして、1年生を招くという、あの強制イベント以来、わたしはバーベーキューなんてしたことがなかったのに。

「休みの真ん中の日は、マットレスが届いたから、いちにちベッドの上にいた」とか、
「前回のバーベーキューは、前日まで飲んじゃって大変な思いをしたから、真ん中の日にマットレスを受け取ることにした」なんて話を聞いて笑って、
そんな話を聞いているうちに、「最近おもしろかったことと言えば」と、昨日の休みに友達と飲んだときの話をしてくれて、それもおもしろくてけらけら笑った。

「こんな感じでどうですか?」

話が一段落した頃、というよりも
「最初に量を落としますね」と言ってくれた、その作業が一段落したときに、「触って確かめてみて」と声を掛けられる。

わたしは髪を触ってにんまりした。
触ってわかるくらい、ぐんと量を落としてくれているのもわかったし、「あんまりハサミを入れていない場所がある」ということも理解した。
重くしたままにしないと、手入れが大変とか、2ヶ月後に爆発するであろう場所をきちんと抑えてくれてある。
「そういうことだよね?」と尋ねたら、「そうです」と頷いてもらい、満足した。


シャンプーが終わったあと、毛先と前髪と整えながら、わたしたちはまた話した。
「Switchって持ってましたっけ? ソフト何持ってます?」
尋ねられて、わたしは少し考える。
最近はあんまりゲームをやってないけれど、「どうぶつの森と、スマブラと、マリオパーティーとか」
他にもあるけど、有名なソフトはこのあたりだった。

そういえば、アウトドア派の彼がSwitchを買った、という話を少し前に聞いたんだった。
家飲みが増えて、ゲームをするようになって、ボコボコに負けて悔しかったから買っちゃった、と話していたのを思い出す。
「このあいだスマブラやったら、うまくなったって褒められて嬉しかった」と笑って報告してくれた。

「でも、スマブラ買ったって言ってないんだよね〜」
「えっ?? なんで??」
「買ったって言うと、みんな練習するじゃん〜〜〜!!!」と言われて、また大きな声で笑ってしまった。
確かに。
うちでも同じ現象が起きていて、友達がスマブラを購入するという案件は、2件も発生している。
「友達が買ったときには、わたしも必死に練習したわ」
「でしょ? だから言ってないんだよね〜」
だから、うまくなったって言われて、「YouTubeで予習したから」と言って誤魔化したらしい。
わたしはやっぱり、また笑ってしまった。


「前髪、こんな感じでどうですか?」

視界はすっかり明るくなった。
「量とか重さとかは?」って聞かれたけど、たぶんベストな感じにしてくれているのだろう、と思えたので「大丈夫」と答えた。

彼はわたしの、「友達」ではないのだろうけれど、2ヶ月分の話をたっぷりと聞いているうちに、髪も整え終わっていてびっくりしてしまった。
わたしはけらけらと笑っているうちに、彼は仕事をしていたのだ。当然だけどすごい。


「次は、夏頃ですかね」
帰り際にそう言われて、ハッとした。
そうか、2ヶ月後。
次はきっと、8月。
「また来ます」と告げて、わたしは美容院をあとにした。



2ヶ月に一度、あなたに会う。
2ヶ月経てば、床に張替えも終わって、スマブラも上達して、バーベキューのできる季節に変わってゆく。そして、次は夏。

わたしには、1ヶ月のあいだに複数回会う友達がふたりいて、1ヶ月に一度くらい会う友達がひとりいて、それ以外は結構不定期だった。
気づいたら3ヶ月、半年経っちゃったね、ということも多い。
だいたい「前に会ったのいつだっけ?」から、話が始まってしまう。

そんなことに気づいたら、「友達に連絡してみようかな」と思えた。
いつも、自分からはあんまり連絡しないけれど。
もうずいぶん会ってない友達も多い。

軽くなった髪と足取りで、そんなふうに思える帰り道は、なんだかとても良いもののように思えた。




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