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繕う

クリスマスにもらったピカチュウのパジャマに、さっそく穴を開けてしまった。
この記事はきっとそうなる、とわかっていたけど、洗濯機にものを詰め込みすぎたせいだなあ、ばかだなあ。

穴になってしまったものは仕方なく、
着るのに差し支えがないから、そのまましばらく着ていたんだけど

縫えばいい、と思った。
そう思えた。
別に裁縫は得意じゃないけど、考えれば穴くらい塞げるし、きれいにできなくてもボタンをつけるくらいの知能はある。
そうだ、縫おう

小学生のときに買った裁縫セットを、なぜか後生大事に持っていて、
前に使ったときの糸がそのまま、そのままわたしは繕いはじめた。

穴は、思ったよりかんたんに塞がった。
ぜんぜんきれいじゃないし、圧倒的に元通りとは違う姿だけれど、
それでも、なんだかほっとした。

そういえばついでに、
あとまわしにしていた、コートのボタンも留めた。

古着屋で300円だったコートは、今年のわたしのお気に入りで、
取れそうなボタンを確認したら、やっぱり誰かの縫った跡があった。
めんどうなので、その糸を切らずに、そのまま上から縫った。
やっぱり汚くなったけど、それでも、どこかの誰かが、このコートで冒険した軌跡の上に足跡を重ねるようで、悪い気はしなかった。

どうせきれいには縫えないの。
でも、それでいいの。

手を怪我したときに、言われたことのいくつかを、いまでも覚えている。
うれしかった言葉はたったひとつだけで、それ以外は根に持っていると言っていい。

「破損部位は、もとには戻らない」と言われた。
鍵盤弾きにとって、指が動かなくなる怪我は絶望的だった。
状況は一進一退を繰り返し、わたしは苦しんでいた。そのときに言われた。
わたしはそれを受け入れられなかったけれど、
やっぱりいま、わたしの右手は元通りではない。かなりそれに近づいただけのはなし。

そう、もとには戻らないんだ。
でも、それでも、少しずつ縫っていく。
穴を塞ぐ、もとに戻す、もしかしたらちぐはぐなのが、少し肩のチカラが抜けた感じもいいかもしれない。
ここまで戻れば上出来と、
いや、そうじゃなくて、戻るとかじゃなくて、
そうだ、「前に進む」だ。
ここまで「前に進んだこと」と、うまくいかなくても「前に進もうとしたこと」は、
それが、パジャマの穴を縫うことだって、
はじめてみれば些細なことだって、
それでいい。と思えた。パジャマの穴を塞ぎながら、確かに。

また別の場所も穴が開くだろうし、
よく見たらまた違うところも穴が開いていた。
でも、また縫えばいい。
ただ、それだけのこと。

もう、穴の開いたままかもしれない、
もう、穴は広がる一方かもしれない

そんな夜が何度訪れても、
わたしはまた、針と糸を持ってみることを思い出すんだろう。
うまく繕えなくても、次の一手を思い出すんだろう。


繕う、というのは
糸という字に善い、と書くことに気づいた。
これを考えたひとは、やさしいひとだなと思う。

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