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がんばってたから

意外と思われるかもしれないけど、
ゲームセンターがケッコー好きだ。
正確に言うと、UFOキャッチャー
やっぱり今日もひとりで歩いていてなんとなく吸い込まれていってしまった。
あそこは魔の森だから入らないようにしよう、と思ってたのはたぶん、10年以上前の話で。
古典的バカなわたしは、「もう一回やったら取れるんじゃないか」の罠に掛かってしまうタイプだと自覚していた。
だったら最初から欲しがらない、見ない、
という姿勢もわたしらしくて、
それも若い頃のわたしらしくてほっとする。
二十歳を少し過ぎてから、
小さいものなら取れる
欲しいものをちゃんと選べる(あまりに要らないものを欲しがらない)
見切りをつける
ということを覚えたので、500円以上使わずに、小さなキーホルダーを取って遊ぶのが、ケッコーたのしかった。
いま、うちのバンドメンバーの楽器やらリュックについてるおすしのマスコットも、わたしが取って勝手につけたものだ。
500円で4個、それも一気に2個取れるターンがあってりしたら、たのしいじゃないか…
今日はちょっと大きなものに挑戦して、早々に諦めて
小さいもので欲しそうなものはないからかーえろ!と思ったとき、
そーいや大きいものって1回も取ったことないな、て思ったときに思い出したことがある。
ていう前置きの長い話なんだけだ、
たぶんわたしはこれ一生忘れないし、
当時引きこもっていて、この話は極々内内の友人にしか話してないなあ、と思って。

正確にはいつ、とは覚えてないんだけど
おそらく自分の手が剥離骨折をしている、と知ったあとで、
元に戻らない、と不安に思ってた時期のいつかの話。
ひとりで家に帰りたくなかったからだと思う。
ひとりで家にいると、アーなんでこんなになっちゃったんだろう、て落ち込むばっかりだったから、寄り道してたに違いない。
外にいる免罪符感というか、
社会に適応してますよ感というか、
とにかく当時のわたしにはそういう免罪符が必要だった。
起きてても手を使わずにできることなんてないし、悲しいことばっかり考えちゃうからとにかく寝よう→寝て起きたあとの半端ない罪悪感!
ていうのを繰り返している、とにかく絶望的な状態だった。

とにかく気を紛らわせたかったのか、
帰りたくなかったのか、
いや違うな
おそらく自分の中でかなりポケモンブームがきていて、めずらしく意地になるくらい、あのニャース気球が欲しかったんだ。
それでも、
いつもより粘ったけどニャースは取れなかった。
ケッコー動いたんだけどなあ
もう少しな気がしたんだけどなあ
いやしかしここでやめるのがおとなだ!
で、どーせこのあとも無理なのがUFOキャッチャーってもんだ!
わたしがニャース諦めた直後、
ひとりの女性がニャースに近づいていった。
「あの先どーやったら取れんのよ??」
「あそこまで頑張って動かしたニャースの行く末見届けてやるわ!!」
と思って、
普段なら遠慮してあんまり人がやってるところをじろじろ見たりはしないんだけど、その日ばかりはじろじろ見てしまった。
確か500円を越えて、1000円に届かなかったくらいのとき、
ニャースは、その女性が無事にゲットした。
「アーそーやると取れんのねなるほどねー」
なんて思いながら、その場を立ち去ろうとしたときだった。
「どうぞ」、とその人はニャースをわたしに差し出した。
「あ、いえ受け取れません」
「いいんです取りたかっただけなので」
「え、いや、でも、いいんですか??せめてお金払います」、
ここまでは、まーなくもない話だ。
かつてわたしも、ゲーセンに立ってたらチョッパーのぬいぐるみもらったことあるし、
こういうことしてくれるイケメンの友達もいる。
この言葉も、めずらしい言葉じゃなかったかもしれない。
でもわたしはこのとき、すごく救われたこと、大袈裟かもしれないけど、その後の支えになったことを一生忘れない。
「がんばってたから」
びっくりした。
驚いた。
わたしが自分でクレーンを動かしているときに、その人の存在には気づいていなかった。
ああ、見ててくれた人がいたんだ。
あれからおそらく2年近い日々が経ったいま、あの日の出来事を書き起こしてみると、
確かに、確かに大袈裟だ。
でも、そのときわたひら大袈裟に感動したんだ。
ああ、わたしがんばってたンだ…
動かない手でさあ、仕事もロクにできないっていうか、ペンもドアノブも蛇口も歯ブラシもドライヤーも満足に握れなくて、
トーゼン、ピアノも弾けなくて
金無しピアノ無し自信無し
なんで生きてんの??
つーかどーすんの??
いま、あたし、ちゃんと生きてんの??
みたいなあの瞬間に、
ごくごく自然に、
全然知らない人からそんなことを言われてえらくほっとしたことを、わたしは一生忘れない。

あのニャースは引越しのときにも捨てず、いまの家に連れてきているが、
居場所だったソファーはなくなってしまったので、
いまはたぶんベットの下で転がってる。
今日からベットの上に戻そうと思う。

いやあ、いま思えば、なにをそんな、て思うよ。
たかが、たかがさあ、て話だよ。わかってんの。
わたしは、
次はいいことあるよ!なんて、もう絶対言えないけど
生きてればいいことあるよ、て
別に、わたしが受けたダメージに対してはすごく小さいことだけど。
そう、そもそもダメージって小さくても体力削るからね!
10回褒められて自覚と自信持てなくても、
1回ケチつけられると、自分ってダメだな、て思ったりするじゃん??

いーことあったりするよ。
小さいかもしれないけど
救われたならそれでいいしさ。
ダメージ回復しきることのでっかい良いことってなかなか難しくない?
小さいことでもさ、たくさんかき集めたりさ、大きな意味に勝手にとらえちゃってりさ、
そーゆーの、悪くないじゃん?

がんばってるよ。
いいことあるよ。
がんばってるよ、
だからきっと、あんたなら必死になり過ぎなくても、いいこと見つけられるよ。
もうちょっと安心して生きなね。
誰かが見てるよ。たぶんね

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