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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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#生活

強かであること

 嫌なことがあって眠れなかった。  具合が悪いから先に休むって言ったのに、リビングの明かりと人の声がなかなか消えなくて、ノイズキャンセリングのついたヘッドフォンをつけた。  それだけじゃ足りなくて、何かを聞こうと思ったんだけど、静かな曲を聞いたりしたら悲しくなっちゃいそうだったから、元気の出る曲を流した。  このヘッドフォンで聞くのは初めてで、少し音量を上げたから、いつもと違う音が聞こえた。他にすることがなくて、イライラするのも悲しいから、歌詞をひとつずつ飲み込んで、新しい

コーヒー豆を買いたい

 コーヒー豆を買いたい。  最近は、会社にコーヒーを持って行っているので減りが早い。7月に買った2キロの豆が、もうすぐなくなりそう。  食べ物の趣味が合わないというわけではないけれど、コーヒーは数少ない共通の嗜好品なので、切らさないようにしている。  ということで、コーヒー豆を買いたい。  今までずっと加藤珈琲店さんのこちらのお豆にお世話になっていました。10年くらい。もしかしたらそれ以上  でも、コーヒーの消費量が増えた+すべてのコーヒーは美味しいと信じている+自分で

花を贈る

 ドトールでエッセイを書いてぼおっとしていたら、アプリ「flower」から通知がきていた。  メールでも通知でも、文字情報が来ると、なんとなく読んでしまう。  それは、お彼岸のお花の通知で……恥ずかしながらお彼岸についてよくわかっていないのだけれど、実家に花でも贈るか、と思えた。  ひとつは、先月末の法事に帰らなかったこと。 「仕事も体調もあるから無理せず」と言ってくれたので、お盆に顔を見せに帰ったら、喜んでくれてそれが嬉しかった。  もうひとつは、仏壇に花を飾っていること

いつか劣化するとしても

 KALDIのコーヒーキャニスターがかわいい(ハロウィン限定のやつ)  我が家でも、コーヒーミルを導入した今年2月からキャニスターを使っている。いろいろ調べたけれど、シンプルにハリオのやつを買った。  KALDIで新しく買おうか悩んで、それからうちのキャニスターをもう一度見たけど、うちのやつはうちのやつで、確かに可愛かった。蓋が黒くて、軽くて、過不足なくて、君と過ごしている日々は確かに幸福だった。  確かに幸福だった、ということを人はすぐに忘れてゆく。  洋服もピアスも

希望のドーナツ

 人生ってのは、予定と違うことばっかりだ。  予定のわたしだと、もう少し遠くまで電車に乗って、バスに乗って、遊びに行くつもりだったのに、からだがずとんと重たい。こういうときにはまっすぐ帰っても眠るだけで、それはそれで大変な寂しさなので、からだを引きずれるようならば寄り道をするようにしている。  バスに乗る元気がないことを悟ったあとは、情けない気持ちだった。  今日もうまくいかない。  それでも自分を励まそうと、いくつかの案とルート検索をしたけれど、うまくハマらなかった。わ

今日の晩ごはんは月見バーガーだから、書き終わるまで家に帰らない

 毎日noteを更新している。  基本的には毎日書いていて、ときどきピアノを弾いたり、ときどき23時と26時に更新して、そのあとの24時間をサボったりする。  けれども、基本的に毎日書くことを基本にしている。  毎日書く理由はいくつかあって……というほど、どれも大したことではない。  無職で、下がった自己肯定感をなぐさめるため。というのが最初の理由だった。言い訳が欲しかった。  今でも根本的な部分はそこから動けていないと思う。言い訳のため。有り難いことに嬉しいことはたくさ

宝の地図

 かばんを覗いたら、新宿御苑の地図が出てきた。このあいだ行ったときのやつ  ひとりのときは、地図を片手に歩くのが好きだ。RPG風に探索したり、目的地に向かったり、ただただ眺めて頷いたりする。  わたしはそれを会社で見つけた。  そして、今からが現実的に無理でも(閉園の時間に間に合わないから)、明日にでも新宿御苑に帰れることに気がついた。有り難いことに、出勤も退勤も、時間はわたしに一任されている。だから本当に、明日にでも行ける。  そのことが、わたしを勇敢にさせた。  わた

東京の炎

「気をつけて帰んなさいよ」と言われて、にんまりした。  オフィスが入っているのは古い3階建てのビルで、よく大家さんがお掃除している。  すっかり顔馴染みで会えば挨拶をしたり、天気のことを話したり……気さくに声をかけてくれることが、実は嬉しい。それは、もう決して新たに手に入れることができないような、滲み出るような懐かしさだった。 「気をつけてね」と言われることは、ままある。わたしも言う。  けれどもこの、「気をつけて帰んなさいよ」の格別さたるや。  ああ、わたしもこんな言い

理想とちがうわたし

 帰ってきて、本を読んだところまではよかったのに。  ごはんを食べたら眠っていた。  眠ってもねむっても晴れやかな気持ちにならなくて、今に至る。  そんな日もあるというか、そんなのばっかりだ。  ほんとうは、  お皿を洗って、洗濯機を回して、ゴミをまとめて、コーヒー淹れて、  よっしゃと、疲れながらも満ちてパソコンの前に座って、ずっと書きたかった物語を描く予定だったのに  毛布を抱えて、床に転がりながら綴っている。こちらのほうが現実で  落ち込んでも仕方がないうえに、

良い旅

 それは、ピンクの靴紐だった。  いつもの通勤電車の、ねぼけまなこで伏せたまぶたを、持ち上げたその瞬間だった。  ピンクの靴紐だった。  それは適切にくたびれていて、たくさん履かれて、いろいろなところへ行ったことが伺われた。  良い靴だ、と思った。  良い靴が、良い場所へ連れて行ってくれる。とも言うけれど  きっと、たくさんの場所に行って、良い靴へと進化したんだと思う。そういう滲み方をしていた。  良い靴だ、と思ったら、わたしの心もすうっと旅をしている気分になった。いつ

小さな波

 遠回りをした。わけもなく。  そのまま帰るのにはもったいない気がして、遠回りの電車に乗った。  迂回というやつで、このルートでも帰れるのだけれど、まったくの無駄だった。時間は倍以上かかるし、せっかく買った定期も使えず無駄になる。  時には、そういった非日常が必要なのだと思う。違う道のりで、目に映るものひとつひとつが新鮮で、どこか不安で……  ただ、遠回りをしよう、と思ったわたしの心は浮き足立った。  いつもと同じように働いただけなのに、なぜだか今日が特別な一日のように思

ほんの少しのコーヒー

 朝起きて、何をしようか考える前に洗濯機を回した。  それから本を開いて、ソファーに転がった。  冷蔵庫から食べかけのチョコレート(残り3つぶ)と、飲みかけのコーヒーを取り出して、それは大変に善い準備だと思えた。  そんな少しだけ残していても仕方がない  と思ったものものが、今日のわたしを勇敢にさせることがある。  いろんなことがきちんと丁寧に整っていなくても、残されたものできちんと幸福だったりする。  そう思えば、  明日のわたしも、明後日のわたしも  きっと大丈夫な

風呂いっぱいの愛を

 昭和生まれ、36歳。  食べられなかったものがある。  時代の流行りというか、「昔あんまりなかったもの」が出始めたときって、みんな美味しくなかった。と思うのは、わたしだけだろうか。  マンゴー、マカロン、ルイボスティー……などなど  昔からあったのかもしれないしれないけれど、人生の途中で市民権を得たものたち。と、わたしは思っている。  そして、今ではみんな美味しい。  そう思うもののひとつが杏仁豆腐で、最初はピンとこなかった。  今みたいにとろとろしていなくて、寒天みた

少しだけましになって

 もし、わたしが落ち込んだりして  あるいは日常の狭間に躓いて  如何ともしがたくなったと思ったときには  そうっと手を引いて  シュガードーナツを食べさせて  スターバックスの、  できれば、あたたかいコーヒーと一緒に  ナイフとフォークで  少しずつ刻んで  ぎゅっと噛み締めて、遠くを見るのを繰り返しているうちに  きっと、少しはましになって  わたしが求めていることは  スーパーマンでも非日常でもなくて  少しだけましになることだったのだと  気づくことができるで